成長拡大期であった1980年代後半に、販売員が持ち歩く営業カバンが重くなったという論議があった。もちろんカバン自体が重くなったわけではなかった。業界の黎明離陸期には当然、商品の種類は少なくて、カタログを全部入れてもカバンは重くなかった。
生産設備やラインの成長発展に伴い、機器部品の種類は増え続けた。販売員は、自動化の進む設備やラインを前にして、カタログをめくり返しながら、この機器・部品を使ってこんな回路にすればいいのではとか、その治具にはこの機器が使えそうだなどと言って商談を進めていたので、総合カタログは絶対に持ち歩かねばならなかった。
一年一年経るごとに、設備やラインの新設・増設が盛んになり、それと共に設備やラインに使用される機器部品が次々と登場した。販売員は次々に発表される新商品の単品カタログを敷き詰めながら、ますます厚くなったカタログをめくり返し、現場に自動化を勧めて商談に持ち込んだ。
80年代後半には、サーボモータや画像処理系のセンサやフィールドネットワークで情報のやり取りをするPLCなどの高機能商品が出現した。販売員はそれらの高機能商品を覚えるのに四苦八苦した。それまで、増え続けた商品をマスターし、顧客と打ち合わせができるように頑張ってきた販売員は、さらに難しい機器の登場で、それまでやっていた総合カタログをめくり返しながら、商談を広げていく営業活動の限界を感じた。
実はカバンが重いという表現は、カタログを全部理解して、その現場に応じた商談を拡大していく営業のやり方では荷が重すぎるという意味だったのだ。重いカバンを軽くするために登場したのが、商品群に分けた縦割りの商品営業であった。販売員は担当する商品群に関しては技術者と打ち合わせができるようなスキルを磨いた。
その結果、技術的対応力や商品説明の上手さや情報伝達の上手さ等が営業力として評価された。折しも国内経済はデフレ期に入り、国内設備需要は軟調な動きとなった。機器部品の大競争時代が始まった。販売員は商品スキルという営業力を持って競合切り替えに邁進した。そのためにカバンが重かった当時のカタログをめくり返しながら商談を広める営業は姿を消した。
近年よく話題に上る言葉にOTとかICTやIoT・AIなどがある。これまでFA技術一本でやってきた現場にFA技術以外の技術が入り込んでいると盛んに言われている。今後、令和が進んでいけば従来のFA市場からにじみ出してくる新しい市場が目についてくるだろう。
新しい市場を作っていく人は販売員が日常的に会って商談を進めている現場の技術とは限らない。それでもFAからにじみ出すのだから接点はある。その接点は新市場でもほんの一部に使用される従来の商品かもしれない。あるいは新市場に係る部門に転属した従来付き合いのある技術者かもしれない。いずれにしてもそれらの接点を通して新市場に係るしかるべき人を紹介してもらうことができる。
しかし紹介されたしかるべき人は、これまで付き合ってきた扱い商品全般に関心のある身内のような人ではない。したがって、商品スキルに秀でた営業力が通じないのだ。名刺交換から始まる新しい戦いが待っている。
名刺交換をおろそかにしてはいけない。名刺を渡す時の心得は前回述べたが、名刺を受け取る時も所作だけが丁寧であればいいのではない。受けた名刺を見て瞬間的に話題を発見し、会話を試みるのだ。その際になんとなく質問するという印象を与えてはダメで、本心から興味があるという態度を伝えなければならない。