新規の見込み客へのアプローチは、売り込む商品や扱い商品に頼ってはいけないと再三言ってきた。初回のアプローチの段階では名刺交換が終わり、着席して簡単なこなしの会話の後、相手が黙ってしまうと販売員はなすすべがなく焦ってしまい、どうしても商品に頼らざるを得なくなる。まだ関係がうまくできてないのに焦って売り込んではいけない。平常心でいけと教えられても理屈通りにはいかない。
クラウゼヴィッツは戦場において、兵士が遭遇する大きな摩擦がいくつかあると言う。その一つは、初めて出た戦場で大砲の大きな音を耳にすると、足がすくんで前に進めなくなると言う。戦場に出て、危険を身をもって体験すれば極度の緊張が走り、体はこわばってしまう。これでは戦にならないが、よくしたもので何度も戦場の体験をしていくうちに、大砲の音にも落ち着いて判断し、前進する古参兵になっていく。
営業活動でも販売員が遭遇する大きな摩擦と言えるものがいくつかある。その中の一つが新規見込み客開拓時における、相手に断られる、拒否されるのではないかと言う不安である。この不安も古参兵と同じで、数をこなすことによって落ち着いて判断し適切な対応ができるようになる。
かつて機器部品営業の黎明期には、毎日が新規見込み客へのアプローチであったから、意外と早く焦らず訪問できるようになった。現在では新規に会う見込み客の人数は実に少ない。月間ではほんの数人である。これでは慣れるのを待って見込み客アプローチの古参兵になるには大変だ。そこで売り込む商品に頼らずとも見込み客へ接近する基本動作が重要になる。
初段階でのアプローチを通過し、より接近する段階では①人間性がどのように伝わるかに心を配り②ビジネスマンとして不合格点をつけられないようにすること、という2点が大事であると述べた。そのためには販売員が主導権を取って、相手を主役にして、コミュニケーションに引き込むことだと述べてきた。新規見込み客を相手にすることに慣れていない販売員には、会うための準備がいる。その準備について詳しく見てみよう。
コミュニケーションを主導するのだから話題の準備は重要だ。主役を主役にするには、相手の話題に関して十分に練って準備する必要がある。初段階のアプローチを通過するのに数回訪問する。その時目についたことを書き留めておく。例えば標語、品質第一とか掲示板に貼られたデータや活動テーマなどであり、それに前回訪問時にわからなかった現場や社内の用語を話題として準備する。
書き留めておいたことを漫然と質問するのではなく、本気で聞いてみたいという思いが必要だ。漫然と質問すると相手がその質問に対して返答してくれても、その返答に対してさらに会話は続かなくなる。本気で聞けば、相手の返答の中にさらに続けられる話題を発見できる。
話題の他の準備は持参する資料、サンプル類の吟味である。手土産代わりに持参する販促物に対して、相手はどんな興味を示すか、その度合いをよく見ておくことである。販促物に頼るというのではない。見込み客が、持参する販促物に全く関心を示さなければ、相手との関係づくりにマイナスになり準備した話題も無駄になってしまう。だから販促物をよく吟味することと、販促物の紹介の仕方もよく考えて準備しなければならない。
つまり単なる仕様や特徴だけの説明をするだけではダメなのだ。持参する販促物は売り込むためではなく、あくまでもコミュニケーションの道具とするのが目的である。だから相手の興味や好奇心に絡めるように説明するのがいい。