あるアナウンサーがラジオ番組の中で言っていた。「アナウンサーという職業はコミュニケーションが鍛えられる職業である。自由闊達なコミュニケーションが上手になって、人生が楽しくなる」。
営業という職業も、人と接し商いをする職業であるから、コミュニケーションが鍛えられる職業である。営業活動を通してコミュニケーションが鍛えられていれば、数年来会っていなかった学生時代の友人とクラス会等で出会った時に「君は変わったね」と言われるであろう。
しかし機器部品の営業を経験してきた販売員は「君はちっとも変わっていないね」と言われるのではないか。もちろんこれらの感想は風貌を抜きにしての会話である。つまりコミュニケーションがあまり鍛えられていないということになる。
理由はいくつかある。一つ目は、アナウンサーの場合インタビューする相手が変わる。相手の素を引き出すために事前に多少調べて質問を準備する。話の流れによっていろいろな方向に展開していく。そこでさまざまな経験をする。
一方、機器部品の販売員は、商材にまつわる用件での話がもっぱらである。そのために話の流れはいろいろな方向に展開するというよりは、論理的な展開となって収束に向かう。相手が変わっても打ち合わせや商品売り込みのやり方は似たようなものである。
新しい見込み客を訪問する場合でも、名刺交換の後に簡単なあいさつ代わりの会話が終わったら、すぐに用件の説明に移っていくという営業の型ができてしまう。だからいろいろな経験はしない。
二つ目は、相手が電気の技術者が多い。だからある程度の電気的な知識がないと話が通じないことが多い。その上、扱う機器部品の種類は多いし、難しい高機能商品も多い。したがって販売員は電気的知識の勉強を強いられるし、次々と発表される新商品にも目をやらなければならない。苦労して得た商品群の知識や電気的知識は、営業活動する上で大きな武器になる。
それらの武器は、顧客に重宝がられるから武器を磨くことが営業力になると思って精進する。営業年数を重ねて顧客との付き合い方がスムーズになる。そして顧客との付き合いに慣れてくると会話は弾むようになるが、その会話は当たり障りのない雑談くらいなものである。
だから商品に関する説明の仕方や商品売り込みのプレゼン力は発達するが、コミュニケーション力は育たないのだ。
アナウンサーが久しぶりに会った同級生から「君は変わったね」と言われるのは、風貌や話のうまさや積極性だけではない。アナウンサーになるくらいの人であるから、昔も積極的で話もうまかったに違いない。アナウンサーと久しぶりに話した時に、その同級生はとても話しやすくなったと感じたからだ。それがコミュニケーションのうまさなのだ。
一方の機器部品販売員は、論理的な説明やプレゼン力を磨いたが、相互に行う自由闊達なコミュニケーションは鍛えられなかったことになる。だから数年来会っていなかった同級生に「君は少しも変わっていないね」と言われるのだ。
営業は商品を売る前に人に絡んでいく職業である。したがって営業の基本動作には人との接し方や人との積極的な絡み方がなくてはならない。機器部品営業では顧客との付き合いを通して、人に絡む基本動作を覚えるものだとタカをくくっているが、先述の通りできていない。
こんな例がある。取引のない見込み客からウェブサイトを通して商品の引き合いがあった。中堅販売員が訪問して打ち合わせの末、受注に成功した。その後、取引を継続してもらうため再度の訪問を試みたが、結果的にはうまくいかなかった。
会社対会社の信頼関係ができていない見込み客と絡むには、コミュニケーション力は欠かせないのだ。