「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」とは、『孫子の兵法』に出てくるあまりにも有名なフレーズである。営業の世界にもまさにぴたりと当てはまる。孫子の兵法では有名な前述のフレーズに続けて「彼を知らずして己を知れば一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば戦う毎に必ず殆し」と言っている。
営業では戦う度に全敗しては困るから、まず自分の売る商品に関することを知ってから営業に出る。機器部品を既に使っていることや、使ってくれる可能性があることを調べて売り込み活動をする。そのような状況では勝つ時もあるし負ける時もある。つまり「一勝一負す」ということになる。
しかし実際には、己の商品のことは詳しく学んでいるが、彼のことはほぼわかっていないので一勝九敗くらいである。自分の顧客の場合でも、顧客が開示してくれる案件情報頼りの営業をしているなら、情報を開示していないところで負けている。だから三勝七敗くらいの勝率と思った方がいい。
それでは「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」とはどういうことなのだろうか。
例えば、ある見込み客を紹介されて訪問する場合に、販売員はあらかじめ何を作っているのかを調べて訪問する。洗浄機とか計測器のメーカーであることや、車の部品や食品・薬品の製造をしていることなどを知って訪問するが、その程度では何も知らないで訪問するようなことである。少なくとも設計している機器装置、機器を構成する各ブロックのことを知っている必要がある。
例えば電源部、アクチュエータ部、コントロール部、データ処理部、通信部などのことである。あるいは原料加工、部品加工、組み立て、検査、出荷や搬送などの工程のことくらいは知って臨まなければならない。そのくらいのことを知っていれば、やがて「彼を知る」という領域までたどり着くことができるのだ。
しかし実際は何年も担当している顧客であってもわからないところだらけだろう。まして新規に紹介された見込み客に攻めて行く時に、最初から「彼を知って」攻めて行くことなどは現実的とは言えない。
だから墓売りであるウィリー・ゲール流の「百戦殆うからず」を実践するのがいいのだ。彼は最初から機器部品営業がやっているような、切った張ったの戦闘的営業をやっていない。とにかく何度か会ってもらえる状況を作っている。相手のことがよくわからなければ、墓を売り込む風穴を見つけられなかったからだ。墓を売り込める風穴を見つけるまでコミュニケーションの妙味でつないだのである。
風穴さえ見つかれば、自分が経験したり学んだりしてきたことを駆使して、墓の受注まで持っていけたのだ。短絡的に言えば、コミュニケーションの妙味が「百戦殆うからず」の営業の入り口であったのだ。
機器部品の営業でも同様のことが言える。「彼を知る」という領域にたどり着く一歩目は、妙味あるコミュニケーションからのスタートが必要だ。前回は主導権を持つ相手が、販売員にどのような期待を持っているのかを考慮してコミュニケーションを組み立てる点について述べた。コミュニケーションは一方通行ではなく、相互的でなければ続かない。だから販売員は、相手に何かを要求する立場に立ってコミュニケーションすることも大事なことである。
見込み客には単に商品を買ってもらうだけでなく、顧客になってもらいたいという本音がある。だから相手に要求するのは、①親しく話がしたい ②いろいろ教えてほしい。例えば会社のこと、現場のイロハ、やってみたい仕事、興味ある商材、である。 ③何か購入してもらいたいのでどんなニーズがあるか知りたい。というような要求を思い浮かべてコミュニケーションをすればいい。