2.3年前、多くのスーパーに完全セルフレジや支払いだけ自動化されたセミセルフレジが導入された。個人的にはスムーズに精算できて大歓迎でありがたかったが、一方で、サービス品質が落ちる、逆に時間がかかる、手間がかかって嫌だ、使い方が分からない、レジ係の仕事を奪うなど、否定的な声を聞くことも多かった。
今になりそうした意見はほぼ聞かなくなった。セルフレジの環境に慣れたのか、口を閉ざすようになったのかは不明だが、コロナ禍の今となると、あの当時にセルフレジが導入されていて良かった。コロナ発生以降だったら、状況はもっとカオスだっただろう
▼新しい技術を否定することは簡単だ。よく分からない、手間がかかることを忌避したり、嫌悪感を抱くのも理解できる。ある種、面倒が増えるので当然だとも思う。
しかし長い目で見れば、効率的だったり、リスクを避けられたりする可能性もある。メーカーや開発者はそういうメリットに目を向けて作っている。社会的に非効率や退化をするために作っている製品やサービスなど何もない。
私たちがやってはいけないことは、可能性のタネを潰すこと。タネのうちから否定し、叩き、拒否してしまえば芽は出ない。まずは受け入れて、使ってみて、芽吹かせる。市場での勝負はそこからだ。不便で使えなければ顧客は獲得できず、枯れるしかない。市場からの淘汰されるだけだ。
▼いまセルフレジを皆使っている。スマートフォンに否定的だった人々も、いまや皆うまく使っている。パソコンだってそうだ。
人間は環境適応能力が高く、何回も繰り返せば大抵のことに慣れる、できるようになるという特別な能力を皆が持っている。
人間は慣れに優れた生き物だ。技術をはじめから否定することは、自分の持っている能力の可能性を否定することでもある。自分を否定することは罪だ。
自分の可能性を信じて、新たな技術を受け入れ、慣れ、その是非を判断する。そんな風でありたい。