【製造業・世界と戦う担い手づくり エキスパート待望 (51)】技術的な議論を避ける技術者育成の悩みについて 見聞きしたことを報告させる

今日のコラムでは、技術的な議論を避けてしまう技術者が技術的議論をするために何が必要かわからないという技術者育成の悩みについて考えてみます。

技術力を鍛錬するには技術的な議論が必須

 技術者が本当の意味での技術力を高めるには、「当事者意識を強く持った状態で、実践経験を積み上げる」という以外に特効薬はありません。教科書や専門書をどれだけ読んで知識を蓄えたとしても、それをどのように活用するのかを知らなければ、実践力を備えた知恵、つまり本当の意味での技術力にはなり得ないからです。

対外的な技術鍛錬を任せられず悩むマネジメント

 しかしながら対外的な技術議論を通じた技術力を養わせたい一方で、社内の技術的な議論さえままならないゆえに、このようなチャンスを与えられない、というマネジメントのジレンマがある場合もあります。つまり、対外試合の前に、社内的な議論を詰めてほしい、というのが本音なのです。

 このように社内的な技術議論を避けてしまうのは、以下のような技術者の心理があります。「㈰自らの技術的な無知をさらすのはプライドが許さない、という専門性至上主義の呪縛」「㈪自分ではわからない細かい技術議論よりも結果を急ぎたい、という焦燥感」どちらも技術者でよくあるパターンです。

 前者は専門性至上主義の典型といえます。知らない、わからないということが、大げさではなく「人生の敗北」というような認識をしている技術者は少なくありません。これは義務教育を含めた、その技術者の受けてきた教育によって植え付けられている一種の習性といえます。海外だとそのようなことは少ない、という意見もあるようですが、個人的な考えとしては程度の差はあれ世界共通だと考えています。

 後者については、入社したての若い技術者が同期との競争を勝ち抜きたいという競争心がある場合、またはある程度年齢を重ねていて、短期間では自らの技術力の大幅な向上が見込めないと感じている場合等、いくつかのケースがあります。

 入社したての場合、社会人としての経験も不足しているため、「とにかく効率を求める」ということに全力を掲げる技術者も居ます。このような方向性はすべてがだめということではなく、成果を出したいという若手技術者の意識は認める部分もあるのですが、結果を急ぎすぎるがゆえに技術者が技術的な議論を辞めることは、「自らの最大の武器を捨ててしまう」のと同じです。このことに気が付けないことは、最終的に本人が不幸になります。技術力のない技術者が企業の中で生き残るには、役員等を経て、取締役まで駆け上がるという熾烈な競争の道しかないからです。

 またある程度年齢を重ねた技術者の場合は状況が異なり、「自らの年齢を考えると、ここから技術力を急速に高めることは困難と考えている」ことに加え、「技術力の向上にかかる時間で自らの現役の技術者としての時間を失いたくない」「自らの経験で前に進むことができると信じている」という個別心理がその背景にあります。

 いずれにしても社内議論を回避している時点で、技術力の向上は見込めないため、ここは社内技術議論を高めるために何ができるのか、ということを考えることは重要といえます。

社内の技術的な議論を誘発するための取り組み

 このような社内的な技術議論を深める一つの方法として、「その技術の専門家の集まる学会に参加させ、技術チーム全体に報告させる」というものがあります。技術者は大学の先生や、その道の専門家のコンサルタント等、対外的に認められている専門家を認めやすい傾向があります。これは専門性至上主義という技術者の特性を応用した心理戦ともいえます。そこのような外部の専門家が集まる場、例えば「学会」に参加すると、効率を求めていた若い技術者も、焦る中堅技術者も一度立ち止まって、技術的な議論に耳を傾けるようになります。

 このような議論を耳にすることで、「専門家としてこのような考え方もあるのか」「技術的なポイントはそのようなところにあるのか」といった気づきがあるはずです。なぜかというと、一度社外にでることで、社内における閉塞感、具体的には社内の目を気にしなくていいため、気持ちがオープンになり他のものを受け入れやすくなるからです。これにより、技術者として最もうれしい「新たな知見の習得」ということが達成できます。

 そして何よりのポイントは、「そこで見聞きしたことを、社内の技術チームに報告させる」ということです。当然ながら現地に行って話を聞く、議論をするというのは出張者の技術者しかできません。それを社内展開する際には、「出張者である技術者が、他の技術チームのメンバーよりも明らかに情報量が有利」という状況になります。この情報量の優越感を抱かせることで、「技術的な議論をしてもいい」という心理的な余裕を与えることができるのです。

 そのため、上記の報告は文章はもちろんのこと、ミーティングなどで口頭でも実施させ、それについて技術的な質問を行うということが極めて重要です。この質問に答えようとすることこそ、「社内での技術的議論のきっかけ」となるのです。

 このきっかけをうまく生かし、すべての技術者が社内において技術的な議論をするようになることこそが社外における技術議論の契機となり、そしてこのような流れこそが一見遠回りで最短の技術力向上であり、この技術力向上こそが自社製品やサービスの向上と差別化につながっていくのです。

 社内における技術的な議論が不足していると感じている場合、ぜひ、社内で推進してください。

【著者】

吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
 FRP Consultant 株式会社
 代表取締役社長
 福井大学非常勤講師
 FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
https://engineer-development.jp/

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