今日のコラムでは技術者にとって必須業務の一つともいえる「データの相対比較の検証」における課題と解決法について考えてみたいと思います。
技術者にとってデータの相対比較は業界問わずに定常業務
生産現場における製品寸法、濃度、重量や温度、圧力、ライン速度等のプロセスデータ、化学分析であるNMR、FT-IR、GC-MASS、元素分析であるEDS、ICP、動的挙動であるFFT、レーザーホログラフィー等。技術的な仕事には様々な数字から成り立つデータが存在します。その形式は数値の羅列、グラフ、分布等があります。技術者の業務においてこれらの数字の集団をわかりやすくまとめ直す力は極めて重要です。そしてデータ検証で最も多い業務の一つが、「相対比較」です。
生産現場で例えば品質問題が起こったとします。その場合、技術者は品質問題の原因は何かということを検証しなくてはいけません。ここで行うべきことの一般的なアクションの一つは、「正常な状態のプロセスデータ(温度、回転数、圧力等)」と「品質問題が起こった時の同データ」を「相対比較する」ということです。
この作業を行う際、技術者の中には数字のままそれを眺め、「品質問題が起こった時にプロセスデータに異常は認められない」という報告をするケースがあります。
しかしながら上記のように数字だけを眺めても、全体を俯瞰してみることは極めて困難でしょう。数字を見ることは無意味ではありませんが(最後は詳細な数値を確認するケースもあるため)、数字が集団としている場合は、その全体の傾向を把握することが最も重要です。データの相対比較において、傾向の把握は不可欠な業務といえます。
データの相対比較で技術的検証を有意義にするために必要な技術者への指導
そのため経験の浅い技術者に上記のようなデータの相対比較業務を行わせる際は、「データの全体を把握したいので数値を同じスケールでグラフ化する」ということをまず指示してください。
このような業務は例えば、製品の加振試験でもいえることです。
製品に例えば振動を与えた場合、どのような周波数帯で固有振動が発生するか、ということを加振に対する応答データ(ひすみデータ等)を横軸を周波数としてグラフ化するFFTがその一例です。形状が違うもの、形状は同じでも材質が違うものなど、それらの違いがどのように振動応答に現れるのかについては、グラフ化したデータが不可欠です。
化学分析のFT-IRなども同じような例といえます。化学構造に固有の吸収スペクトル波長を捉えるFT-IRチャートは、化学反応前後、原材料の変更等により、その構造がどのように変化しているのかということを知ることができます。
構造変化をとらえるにはチャートの相対比較が必須です。上述の通り、第一段階としては「数値をグラフ化する」という意味と意義を理解させます。
グラフ化の次に重要な紙面上での重ね合わせによる比較というアナログアプローチ
そして次の段階に重要なのは、「グラフ画像を同じスケールで印刷の上、重ね合わせる」ということです。デジタルに慣れすぎているせいか、紙に印刷してデータを重ね合わせ、裏から証明を当てて違いを検証するというアナログな手法を知らない若手技術者が増えていると感じます。言い換えれば経験が無い故に知らないだけですので、一旦教えれば定常業務にさせることができます。
紙に印刷したデータを重ね合わせるというのは、人間の視覚認識力を最大限に生かすやりかたであり、様々な気づきがあると思います。プロセスデータを照らし合わせれば、グラフを見ただけではわからなかったけれども、全体的に数値が高い(または低い)傾向にある、ということに気が付くことがあるかもしれません。※横軸に加え、縦軸のスケールが合っているという前提です。
同じようにFFTのデータであれば、共振モード周波数がどのように変化しているか、またそれがブロードになる等の減衰特性が出ているか、FT-IRであれば今まで見られなかったところに固有のピークが発生し、何かしらの化学反応が疑われるなどの考察も可能になります。
前提として横軸のスケールが合っているのは大前提ということは忘れてはいけません。(縦軸もスケールを合わせなくてはいけない場合、上述の通り例えばプロセスデータ等もありますが、すべてではありません)
技術者にとって数値データをどのように取り扱うのか、というのは基本中の基本といえます。
その中でもデータの相対比較というのは実際に行うことの多い業務の一つであり、これにより新たな発見や原因究明に成果をあげることにもつながります。「数値のグラフ化とそのグラフの紙ベースでの相対比較」技術者の定常業務になるよう、日ごろからの指導が求められるものの一つです。
【著者】
吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
FRP Consultant 株式会社
代表取締役社長
福井大学非常勤講師
FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
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