以前の記事で、「ロボットは腕」「カメラは目」という安易な考え方が産業用ロボット導入の失敗の元であり、「ロボットの目はカメラだけでない」旨を述べた。今回は「ロボットは人間の腕の代わりになるのか?」に関して述べる。ただし、「モノを運ぶ」「組み立てる」などの簡単な作業は、既にロボット化が実現しているので、筆者が論ずる必要はない。よって、今回は難しいと言われている「仕上げ(バリ取り、研磨など)」作業のロボット化について述べる。
-「力覚センサー」「力制御」という単語に踊らされるな!
仕上げについて述べる理由は、最近、顧客から筆者に対し「力覚センサーで力制御ができる産業用ロボットが販売されているので、それを使えば今まで人間の手に頼っていた仕上げの作業をロボット化できるのではないか?」という質問が多く寄せられるからである。確かに、最近の力覚センサーは発展が目覚ましく「高感度・高剛性」である。また、6軸多関節ロボットは「人間の腕のように自由度が高い」ため、「力覚センサーと6軸多関節ロボットを合わせれば、人間の手の代わりになるのでは?」という疑問が湧くのも一理ある。
しかし、結論から言うと、代わりにはならない。実は、多くの企業が間違った認識を持ったままロボットを導入しても、結局は手作業に戻る、という失敗を招いている。よって以下に、その理由と、仕上げ作業をロボット化する解決策(落としどころ)を述べる。
-人間は五感を使って作業している
一つ目の理由は、人間は仕上げなどの作業を力制御だけ行っているわけではない。「手に伝わってくる感覚(いわゆる触覚)」「視覚」「聴覚」などの五感を使い、しかもそれぞれを「同時に」「素早く」機能させながら作業をしている。つまり、ロボットとは使っている機能が根本から違う。
さらに細かい話をすると力覚1つをとっても、人間の場合は手先だけでなく無意識に「全身」で力(トルク/モーメント)を感じながら作業をしているが、ロボットの場合は多くても1軸から6軸までの6つ(ロボットによっては6軸目の1つだけ)のセンサーで判断をしている。
よって比べること自体、不毛である。特に日本人は器用なため、ロボットよりも圧倒的に能力が高い。
-サーボモーターの性質上
もう一つの理由は、産業用ロボットを動かしているサーボモーターの特性で「人間の手のように素早く・正確に制御できない」のである。以下に少し専門的な話をするが、これを理解していないと産業用ロボットの制御に関して間違った解釈をしやすい。
サーボモーターの回転速度/位置(パルス)/トルクは命令された値に対して、比例的に変化しているわけではなく、常に「現在の値」と「命令値」の差分をフィードバックしながら変化している。例えば、位置が0の時に10の命令を受けると、一定の時間が経つごとに2,4,6,8,10と変化するのではなく、波を打つように変化する。数学でSin(サイン)サーブを見たことがあるであろうか?そのカーブの波(波の大きさも変化する)を描きながら値が変化するイメージである。つまり、見た目は最終的に命令された値に達したように見えても、命令値に到達までの途中の値は「誰も推測できない値」に変化している。この「推測できない値」と「推測値」との差分が大きくなるほど、ロボットを正確に制御することが難しくなる。しかも、ロボットを素早く動かすと、この差分は大きくなるため、正確に制御できないことになる。つまり、力覚センサーで感知した値を元にロボットを制御しようとしても、出来上がった製品にムラができてしまう。もし、ムラを減らしたければ、ロボットの速度を「人間の手の動きの1/10、もしくはそれ以下」にするしか方法がない。しかし、人間の1/10しか作業ができないロボットを誰が求めるであろうか?
念のため付け加えるが、ロボットを中途半端に学んだ者から「(サーボモーターの設定値の1つである)ゲインを上げれば差分が少なくなる」など意見があるかもしれないが、それは逆効果で「ロボットの異常振動」などの大きなリスクを生む。
現状のサーボモーターにはこのような特性があるので 人間の手の変わりは不可能なのである。もし人間の手と同じレベルのロボットを作るのであれば、「まったく新しい概念のモーター」を発明する必要があるだろう。
-実例が1件も無い
筆者は全国のさまざまな業種の工場を見てきたが、力覚センサーが付いたロボットが力制御だけで仕上げを行っているところを一度も見たことがない。もちろん、YouTubeなどでも見たことがない。YouTubeで見たことがあるのは「プラグをコンセントから抜いたり刺したり」「USBをパソコンから抜いたり刺したり」する動画など、いかにも「ロボットの販売側がロボットの良さをアピールするため『だけ』の動画」である。はたして実際のものづくりの現場でそのような作業があるであろうか?
販売側ではなく購入側が見たい動画は、例えば「金属の一次加工後のバリ取り/面取り/研磨などの作業」を「素早く綺麗にできるか」である。残念ながら、そのような動画を存在しないことが、現実である。
-産業用ロボットが無能というわけではない
念のため述べておくが、産業用ロボットが無能と言っているわけではない。確かに人間のように「五感を使い」「素早く作業」をすることはできないが、その代り人間では絶対にできない「同じことを正確に繰り返すこと」ができる。また、病気で休むことも、残業をしても残業代がかからない、などコスト的な魅力も大きい。要するに向き・不向きがあるのだ。
-仕上げなどのロボット化の解決策(落としどころ)
話を戻すが、前述したとおり、力制御ができるロボットに仕上げなどの作業をさせることは、お金をかけた割にはリスクが高い。そこで、落としどころを以下に述べる。
それは、フレキシブルなツールを使うことだ。つまり、ロボットで力制御をするのではなくツール側で力制御をする。例えば、仕上げる製品からの圧力を吸収する(もしくは圧力を一定に保つ)ツールを使うことだ。結論が単純すぎて驚いたかもしれないが、実はこの方法は筆者が多くの工場で見てきた成功例である(ただし、富士ロボットのコンサルティングを受けた場合であるが)。
なぜ、成功するのかというと、まず力制御をする箇所が「ロボットのアーム」ではなく、仕上げなどを行う「作業点」になるので、より「正確」かつ「リアルタイム」に制御ができる。更にコスト的にも、導入するロボットは一般的な産業用ロボットで十分で、力制御をしてくれるツールも様々なモノが販売されており高額ではないのでハードルが低く、制御をするソフトの開発をする必要もない。
ただし注意点として、発注するタイミングは「そのツールで問題ないか、しっかりテストをした後」にすること。これを守れば、失敗のリスクはだいぶ下がるであろう。
さて話したいことはまだまだあるが、各現場の細かい事情にどう対応するかまで話すとキリがないので今回はここで留めておく。ロボットの導入に失敗をしないために質問などがあれば、筆者でよければ相談にのるので、遠慮なく連絡をしてきてほしい。
◆山下夏樹(やましたなつき)
富士ロボット株式会社(http://www.fuji-robot.com/)代表取締役。福井県のロボット導入促進や生産効率化を図る「ふくいロボットテクニカルセンター」顧問。1973年生まれ。サーボモータ6つを使って1からロボットを作成した経歴を持つ。多くの企業にて、自社のソフトで産業用ロボットのティーチング工数を1/10にするなどの生産効率UPや、コンサルタントでも現場の問題を解決してきた実績を持つ、産業用ロボットの導入のプロ。コンサルタントは「無償相談から」の窓口を設けている。