「彼は引き出しが多いからね」と言う表現がある。引き出しとは、家具などに取り付けて抜き差しできる箱である。隠れ持っている多様な知識や経験が詰まった箱を引き出しに例えている。つまり、引き出しの多い人というのは、時と場合に応じて隠し持っている知識や経験を即座に引き出して活用できる人のことである。販売員にとって知識や経験が多いに越したことはない。しかし、いくら知識、経験が多くともそれらを臨機応変に活用できなければ引き出しの多い人とは言わない。その様な引き出し論議は機器部品営業においてあまり語られることはない。
そのひとつの理由は、平成では機器部品メーカーが競合に勝つための売り方指導を行い、長年に渡って販売員の育成行ってきた。平成の販売員は商品という武器を変えながら商談テーマを上げて、それを決着していく営業である。商談テーマを決着し受注する度に強い販売員になっていく。戦場で戦う軍人は厳しい訓練で強くなる。その訓練は単純な動作の繰り返しであり、繰り返す度に屈強な軍人になる。商談テーマを一つ一つつぶしていくのは軍事訓練のような単純動作の繰り返しとは言わないが、似たような知識と経験を繰り返していくことで扱い商品に強い中堅・ベテランになっていく。その事が強い軍人づくりに似ているのだ。
産業革命は、第1次で火力、第2次で電気、第3次でコンピューターと進み、現在はインターネットの時代に入っている。第3次のコンピューター時代に機器部品は陽の目を見て大いに発展した。令和には第4次の産業革命により現場は変わる。モータによる電気時代のものづくりから、制御機器や半導体が中心となったコンピューター時代でものづくり現場一変してきた。それと同様のことが令和の時代に起こるのだろう。しかし、時代が変ったからといっても現場からモータが無くなったわけでなく、モータの売り上げは増えた。同じように、インターネット時代の現場になるからといっても販売店がこれまで扱ってきた機器部品が減るわけでなく、間違いなく増えていく。
一方、ICT技術によって生まれるソフト商品や新しく生まれる機器部品も大きな売り上げになる。従来商品以上の売り上げかもしれない。現場ではICT技術を駆使してすぐにでも全体の生産体系を変えるわけではない。一般の企業は従来設備を活かしながらインターネット時代に合った生産に変えていくことになるから、ICT技術で部分的な変更から始まっていく。その過程で企業の現場からは色々な信号が出てくる。それが販売員の目や耳に届くかどうかが問題なのだ。例えば、総エネルギー使用量を従来の50%にしなければならないとか、社屋の面積増やさずに従来の倍以上の多種を生産しなければならないなどのように、現場ではこれまで経験したことのないようなことである。強い軍人のように扱い商品に強い販売員ではキャッチできないだろうし、運が良くなければ相談も来ないだろう。
ではどのような販売員なら信号をキャッチできるのか。あるいは構想を実行する部門や人をみつけることができるのか。ここで登場するのが引き出し論議である。なにも博学知識の必要はない。仮に情報技術の関係ならICTの関する本を1、2冊くらい読んで理解しておく位でいい。相手の言うことがわかって相槌が打てるし、相手からの情報技術に関して多くのことを学ぶことができる。それにこれまで積極的に現場を覗こうとしてきた販売員なら、そこそこの現場の知識は蓄積されている。そういう販売員は相手から見れば業界の引き出しの多い人と評価される。結果的に色々な話が舞い込んでくる。