連載第1回の「なぜ営業と製造現場の意思疎通が上手くいかないのか」では、製造業で起こりがちな生産現場と営業の対立構造について、よくある状況をもとに説明しました。それが生産現場と営業で異なるデータを見ていることに起因し、それを解決するひとつの鍵となるのが、顧客情報を共有するためのプラットフォームである「CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)」であることを紹介しました。
しかし、生産現場と営業の対立構造は、単に情報システムであるCRMを導入すれば解決するという単純な問題ではありません。これまで長らく続けてきた、営業による顧客管理の仕組みを変えること、そしてそれを製造現場とも共有することが必要です。想像しただけでも実現するのは難しそうだと感じるかもしれませんが、それを変える方法は必ずあります。なぜそれが難しいのかという理由を考えることから始めることで、きっと打開策も見えてくるでしょう。そこで今回は、CRMを活用して課題を解決してゆくための手順を解説していきたいと思います。
ITを使っています。でも本当に活用できていますか?
失われた30年を生んだ根本原因はIT・データの使い方の差
「失われた30年」という言葉が示すように、近年の日本の国際競争力の低下は様々な統計や報道を通じて目にしているのではないでしょうか。たとえばIMFの統計では、この30年で米国のGDPは米ドル換算で約3倍、ドイツも約2倍、タイでは約5倍であるのに対し、日本はバブル崩壊後の1996年以降ほぼ横ばいとなっています。
いったいこの差を生んだのは何でしょうか。ひとつのポイントはやはりITとデータの活用でしょう。もちろん、みなさんの目の前にはとっくにPCがあるのが当たり前であるように、日本企業もITを導入してこなかったわけではないのです。問題は、その使い方です。
30年前にはすでに日本企業には成熟した組織がありました。各企業はそれに合わせてITを導入したため、従来の延長線上にとどまり、本来ITがもたらすはずであった変革を起こすことができなかったのです。
無敵の現場力に見えるExcel の達人ですが。。。
ITによる変革を阻んでいた象徴的な存在が「Excel達人」です。ほとんどの企業には、Excelで全てのデータ管理や加工、管理などを完結できる熟練の従業員がいるのではないでしょうか。Excelは本当に便利なツールですが、Excelとその達人に頼った業務を進めるほど、真のIT活用から遠ざかっていくという側面を持っています。
それは「データ」という視点で考えてみるとすぐにわかります。
まず、Excelは独立した「ファイル」という形で存在しています。これは本当に便利です。簡単にコピーでき、メールに添付して誰かに送ることもできます。しかし、自分の管理用、チームでの共有用、本社への報告用など、同じデータを扱っているはずなのに、複数のバージョンを持っているということも珍しくありません。かつ、達人の手によって複雑な計算式が埋め込まれた、製品ごと顧客ごとの膨大なスプレッドシートが属人的に運用され、それが企業活動の中枢機能の一部となっているのです。
このように、Excelはたしかに便利ですが、「データ」の共有や活用には向いていない面もあるのです。
従来のやり方や価値観に固執して遠ざかった全体最適
では、Excelを脱却して、CRMという情報基盤を整えれば解決するのかというと、コトはそれほど単純ではありません。なぜなら、CRMを導入するということは、これまでのやり方や価値観にも何らかの変化をもたらさないとうまく活用できないからです。
声の大きい営業の叩き上げの本部長や役員は、顧客や営業に関する情報に対して「自分たちのもの」という意識があります。本来はもちろん「会社のもの」ですが、無意識のうちに「データ」に価値があると意識し、囲い込んでしまいがちです。新たな視点をもった外部から来た役員などがそのことを指摘しても、声の大きさでは勝てないということも多いのではないでしょうか。社長が代替わりした企業などにも同様のケースが多々見られます。
また、それぞれの部門がそれぞれのデータを「自分たちのもの」とすればするほど、データの鮮度は落ち、整合性が取れないまま個別最適が進み、全体最適化からかけ離れていく方向に進まざるを得ませんでした。
見せかけのコミュニケーション
営業と生産現場は価値観も見えている風景も違う
失われた30年を作ってしまったもう一つのポイントは、よく言われることですが、「コミュニケーション」です。多くの企業では、このことに気づいていて、定期的な製販会議を行ったりして、物理的な接触機会を増やし、なんとかお互いのことを理解して協調的に仕事を進めようと試みています。しかし、生産現場と営業では、以下のようなギャップがあり、単に顔を合わせるだけでコミュニケーションが改善するケースは少ないのも事実です。
○仕事内容が全く異なる。
同じ会社にいても、顧客に接している営業と、製品に接している生産現場では、その価値観が異なります。よくあるギャップは、営業は「顧客の求める納期と数量」に応えることを重視し、生産現場は「品質とコストのバランス、ライン調整、計画に基づく材料の手配」を重視しています。つまり、お互いに「正しいこと」が異なるのです。
○仕事をする環境が大きく異なる。
生産現場と営業では、働く場所も異なることが多いのではないでしょうか。営業は顧客へのコンタクトがしやすいように、市街地のアクセスのよいオフィスビルにあり、生産現場は広い敷地を要するために郊外にあるということも多いでしょう。単に物理的に距離が離れているだけでなく、日常的に過ごす環境も異なります。同じ会社であるのに、見えている景色も異なるのです。
言葉は常に不明確 受け取る人が都合よく解釈する
言葉で表すと、伝わっているはずと思いがちです。同じ言語を使っていて、辞書を引けばその意味は明確に説明されているでしょう。しかし、同じ単語であっても受け取る人によって解釈は異なります。
例えば「納期」という言葉はどうでしょうか?営業は、顧客に製品が届く日を指しているかもしれません。または、届いた後、検収される日を意識しているかもしれません。一方製造現場では、生産が終わって出荷した日を指すかもしれません。なぜなら、顧客に届くまでの物流プロセスは製造現場では責任を持てないからです。
「納期」という単語ひとつでこれだけの認識の違いがあります。このような状況のもと、製版会議を開いて、お互いの管理シートに「納期」という列があったとします。ここではなにが起きるか想像してみてください。
同様のことは、あらゆる場面で起こりえます。Excelに「在庫数」という列があった場合、そのデータはいつ時点のものでしょうか。どの時点で在庫は引き当てられるのでしょうか。どの範囲の在庫が含まれているのでしょうか。
みなさんもうお気づきだと思います。コミュニケーションに必要なのは、言葉ではなく、データなのです。言い換えると、データこそが共通言語になりうるのです。
共通言語は鮮度が高く加工されていないデータ
すべては顧客情報から始まる
以上のように、製造現場と営業のギャップの原因は、共通だと思っていたけれど実は食い違っているコミュニケーションにあり、それを解決するには、データを共有するプラットフォームが必要であるということがご理解いただけたのではないかと思います。無数のバージョンと暗黙知が詰め込まれたExcelシートではなく、全員が同じデータを見ることができる仕組みが必要なのです。
そのプラットフォームとして、いまCRMが注目されています。CRMは顧客情報管理といて位置づけられますが、同じような領域で「SFA」という言葉を聞いたことがある方も多いでしょう。CRMの活用の話に入る前に、用語の整理をしておきたいと思います。
SFA(営業支援システム:Sales Force Automation)
SFAは、営業活動の効率化を目的に、顧客に対するコンタクト計画や履歴を管理し、営業活動全体を可視化して売上の最大化を目指すためのツールです。営業主導で導入されることが多く、日報の共有や売上予測などを一元管理します。ここでの主役は営業であり、顧客ではありません。また、営業担当者から見ても、「監視されている」という印象が強いため、担当者への動機づけが難しいという課題もあります。
CRM(顧客情報管理システム:Customer Relationship Management)
CRMは、顧客情報を起点にしたプラットフォームで、顧客に関するあらゆる情報が集約されます。営業プロセスだけではなく、購入後のサポート情報、ライフサイクルなどを統合して管理するため、顧客に関わるすべての部門において共通言語となりうるプラットフォームです。
SFAとCRMの違い
下図のようにCRMのほうがより顧客情報を後半に扱い、その一つの要素として営業活動に関するSFAを含むという包含関係にあります。SFAは営業活動の効率化に特化しているのに対し、CRMは自社と顧客のすべてのライフサイクルにわたる接点に関する情報を含みます。
現在のようなコロナ禍をきっかけにした、顧客接点のデジタル化が進む中においては、営業情報は一つの接点に過ぎません。このような背景も、CRMへの注目を集めている要因の一つになっています。そのため、本稿ではCRMをプラットフォームとして話を進めます。
次回は、今回ご紹介したCRMの本質や、顧客情報のプラットフォーム活用について、事例を交えながら説明していきます。
<NTTデータ グローバルソリューションズについて>
株式会社NTTデータ グローバルソリューションズは、日系企業のグローバル展開に伴うシステムのグローバル化需要の拡大に対応するため、2012年7月に設立されました。NTTデータグループの「SAP Global One Team」の一員として、NTTデータの国内におけるグループ会社に分散していたSAPソリューション、業務ノウハウの一体化を図り、SAP ERPシステムの導入から保守運用、拡張開発支援など、多岐にわたるサービスをワンストップで提供し、NTTデータグループにおけるSAP事業の中核会社として、企業の戦略的な事業経営をサポートしています。