前回の「第3回:本当の「顧客情報管理」のツボを理解する」では、「顧客の情報」の価値とそれを共有することのメリット、そしてそれを実現するためのアプローチについて触れました。今回は、そのための仕組みであるCRMを本来の目的に従って導入するとどのような変化を起こすことができるのか、具体的な例を挙げながら説明したいと思います。
先の見えない状況で振り回されない
第1回で触れた製造現場にとって負荷のかかる状況の一つが、営業からの「急な」注文の割り込みや「急な」仕様変更などではないでしょうか。せっかく段取りをしても、また生産計画を立てていても、最終的には現場でギリギリの調整をしてなんとかこなします。
しかしこれは本当に「急な」変更なのでしょうか。顧客はそこまで気まぐれで思い付きで発注しているのでしょうか。それは必ずしもそうではありません。製造現場への情報伝達が急に感じるのであって、そこには必ず営業対応という前工程があります。仕様変更や納期の変更の相談は1週間前からされているかもしれません。しかしそれを確認することができないので「急」と感じているのです。結果として、振り回されないための策として、営業は納期にバッファを持ち、製造現場は生産量を多く調整します。
つまり、その営業への相談内容を確認することができていれば、それは決して思い付きの変更ではなく、理由と背景のある合理的な変更になり、それに向けた準備も余裕をもってできるようになるはずです。
変更のテンポはより速くなっている
現在のようにあらゆる場面でIT化が進み、ネットワークでつながり、情報があふれている社会になっているにもかかわらず、皮肉にもますます先が読みにくい状況になっているのではないでしょうか。昨年来のコロナ禍はすでに織り込み済みになったかもしれません。しかし、毎年のようにどこかで発生する夏のゲリラ豪雨、半導体不足による自動車から家電まであらゆる製品の生産調整など、まさに一寸先は闇の状況が続いています。
では、このような変化を伝えるニュースから、自分のビジネスへの影響を想像できるでしょうか。たとえば、○○県△△地方で災害予報のニュースを見たとしましょう。おそらく営業はこう考えます。「あ、顧客A社の主要な取引先B社がある地域だ。まずは状況を確認しよう」
この情報がCRMに入力され、製造現場にも共有されたらどうでしょうか。「これはもしかしたら次の受注が止まるかもしれないな。トラックの手配や顧客との納期調整をしておこう」となり、A社からの次の注文のキャンセルに準備ができ、実際にそうなったとしてもなにも驚かないでしょう。
[事例]部品製造A社
設備用の部品製造のA社では、各月の1か月前までに営業からの情報をもとに生産計画を立てていました。しかし、実際にはその月に入ってからも特急品の割り込みなど、計画どおりに生産できることは稀で、常に段取りを組みなおしてギリギリで対応していました。特急品の割り込みが起こる理由、例えば気温の変動や天候の急変、TVやメディアの影響など、営業初期段階の情報も共有することで製造現場側の予想の精度が上がり、余裕をもって対応できるようになりました。
勘からデータへ
実際には、いま挙げたような状況において、製造現場側でもまったく受け身になっているということはありません。「たしか5年前にも同じようなことがあって、あの時はこうなったな」という「経験」、テレワークが増えるとこういう製品の受注が増えるだろうなという「読み」や「勘」などを最大限に働かせて変化に備えるでしょう。しかし、「似た」状況はあったとしても「同じ」状況というのは二度はありません。ではそのために必要なものはなんでしょうか。それはデータです。そしてそれを意味付けするための情報です。
これまで、多くの企業では情報を持っていることが強みになり、相手との情報の非対称性を利用して社内的にも取引先に対しても自分の優位性を高めるということが当然のように行われてきました。しかし、現在の組織において、それはもはや役に立たないアプローチであるだけでなく、有害ともいえます。会社組織はいかに情報をオープンにして属人性を排除し、データや情報をもとに関係者で素早く意思決定をしてゆくことが求められます。このような情報流通を支えるプラットフォームがCRMなのです。
[事例]素材メーカーB社
素材メーカーのB社では、気候によって受注製品の傾向が変わります。例えば夏季においては暑い日が続くと製品X、雨が続いたり涼しい日が続くと製品Yの受注が増えます。あるとき、暑い日が続いている中でゲリラ豪雨が大口顧客C社の工場を襲いました。ニュースなどでは詳細が報道されなかったものの、営業がすぐにC社に状況確認し、その状況をCRMで共有したことで、正式な受注をする前に製造計画を製品Xから製品Yに生産計画を変更することができ、そのまま生産していたら不良在庫となっていた製造を防ぐことができました。
顧客ニーズを製造現場が直接知る
製造現場に顧客情報が共有されるメリットは、受注の変化への素早い対応だけではありません。顧客接点の情報を製造現場が知ることにより、顧客ニーズの変化を認識し、製造現場の改善や新製品開発にもつなげてゆくことができるのです。
たとえば、営業としては当然製造現場が対応可能であると考えた仕様の受注が、実際には非常に対応が難しいものであるということはないでしょうか。CRMに情報が蓄積されてゆくと、個別になんとか対応していた仕様や要件が、実は多くの商談において顧客に求められているものであることに気づくかもしれません。または、もとの顧客のリクエストを、営業側で修正しているという経緯があるかもしれません。これまでは、その交渉の結果としての受注情報が共有されていたのではないでしょうか。
顧客ニーズの傾向や、その変化を知ることにより、これまで特殊ケースだと思っていたものが実は多くの顧客で求められるようになっていて、製造現場でも標準的に対応する必要がでてくるといった変化は定期的に発生します。結果だけではなく、過程も共有されることにより、より適切な体制を整えることが可能になります。
[事例]組立メーカーD社
組立メーカーのD社では、標準のラインでは対応できないオプションを、大口顧客からのリクエストにだけ特別対応していましたが、生産効率と歩留まりが悪く、基本的には営業にも断るように依頼していました。しかし、顧客との商談過程がCRMで共有されると、多くの顧客でそのオプションが希望されていることがわかったため、標準工程で対応できるように改善し、受注単価を上げることに成功しました。
サポート情報は宝の山
従来のCRMの一般的な使用シナリオのひとつが、コンタクトセンターです。製品販売後のアフターフォローなど、顧客からのフィードバックを受け、それを蓄積するシステムとして使用されています。みなさんの会社では、製造現場はこの情報にアクセスできますでしょうか?
クレームレベルになれば、当然改善が必要になるので、フィードバックがあったり、対策会議が開かれることもあるでしょう。しかし、影響が軽微なもの、たとえば一部の塗装がはがれやすい、一部の部品が変形しやすいなど、使用するうえでは大きな支障がないものの、なんらかの想定していない使い方や環境などにより、そのようなフィードバックを受けることは多くあるでしょう。しかし、軽微なものはコンタクトセンターで処理し、顧客が納得すればそれ以上エスカレーションされることもないかもしれません。
製造現場としては知らないほうが幸せかもしれませんが、同時に改善やアイデア創出の機会を失っているともいえます。実際に顧客がどのような使い方をしているのか、どういう環境に設置や保管がされているのか、顧客を知ることにより営業からの次のリクエストに応え、期待を超える成果につなげることができるのです。
[事例]日用品メーカーE社
日用品メーカーのE社では、コンタクトセンターに顧客からのクレームが入るたびに対応会議が開かれていました。しかし、この対象となるクレームはクリティカルなものに限られ、多くの場合は製品仕様であったり使用による経年劣化であるということで対応していました。しかし、コンタクトセンターの内容が製造現場と共有されるようになり、設計や製造の担当が想定されているのと異なる使い方をされているケースが多いことがわかりました。製造現場は設計部門とも協議し、コンタクトセンターへの相談件数を大幅に減らすことができました。
情報蓄積の価値
今回挙げたシナリオや事例は一部のものです。しかしながら共通するのは、顧客情報を共有することにより、社内のすべての部門にとってメリットがあり、結果的に顧客満足度を上げ、製品を正しい方向に改善することでより価値を高めることができたということです。
しかし、これは一朝一夕にできるわけではありません。なぜなら、現時点でそれほど大きな課題があると気づいていることが少ないからです。そのためには、多くの事例に触れている外部のリソースを活用することも一助になります。システムだけではなく、リソースもあわせて活用することが近道になることもあるのです。
次回は、より将来に向けたCRM導入によって生まれる価値について紹介してゆきたいと思います。
<NTTデータ グローバルソリューションズについて>
株式会社NTTデータ グローバルソリューションズは、日系企業のグローバル展開に伴うシステムのグローバル化需要の拡大に対応するため、2012年7月に設立されました。NTTデータグループの「SAP Global One Team」の一員として、NTTデータの国内におけるグループ会社に分散していたSAPソリューション、業務ノウハウの一体化を図り、SAP ERPシステムの導入から保守運用、拡張開発支援など、多岐にわたるサービスをワンストップで提供し、NTTデータグループにおけるSAP事業の中核会社として、企業の戦略的な事業経営をサポートしています。