前回の「第4回:製造業にCRMを導入すると何が変わるのか?」は、いま製造業で目にする営業と製造現場の間の「壁」と、それによる潜在的な問題点、そしてCRMを活用することによる解決のシナリオをお伝えしました。今回は、さらに今後の製造業に求められることと、それに対して顧客情報がどのような価値を持ってくるのかについて説明したいと思います。
環境変化の速さ
市場の成熟化や情報社会化により、すでにニーズの多様化は進み、流行のサイクルも速くなる中で、製造業も時代の変化に合わせた対応が求められてきました。さらに、コロナ禍をはじめとした外部的な社会環境の変化をはじめ、気候変動による異常気象や地震などの災害、テロや世界各国における政情不安など、さまざまなリスク要因は技術が進化してもなくなることはありません。このような環境の中で、既存の製品、既存の取引先やチャネルに依存したビジネスはかえってリスクとなりえます。では、今後の強い製造業を目指すためには、どのような方向性が必要なのでしょうか。また、その変化に対し、顧客情報はどのような役割があるのでしょうか。
事業環境自体が変わってくる
リスクは時として現実化します。しかもそれは予兆もなく突然起こることがほとんどです。ここでは、現在も続くコロナ禍による急激な環境の変化に対し、顧客情報を活用できた例と、残念ながらうまく活用できなかった例をご紹介したいと思います。
活用できた事例① 営業からの情報をもとに災害を克服
自動車部品や家庭用電化製品など複数のカテゴリの部品を製造している中堅企業A社でしたが、2020年のコロナ禍初期において、自動車産業はサプライチェーンが大きな影響を受け、生産が急激に落ち込みました。しかし、その後中国におけるコロナウイルスの影響が減り、家電の市場が急回復をしました。同社は、最前線の営業が察知した市場回復の兆しを全社で共有し、いち早く回復基調が見られた海外での需要にリソースを集中させ、コロナ危機に対してグループ全体でスピーディーに対応することができました。その後国内生産も回復し、大きなダメージを受けることなくこの不安定な時期を乗り切ることができました。
活用できた事例② 生産体制の強化に舵
コロナ禍によって急速に普及したテレワークに必要な通信機器を生産しているB社では、もともと短納期を売りにしたビジネスを展開していました。そのため、営業は納期に対して非常に敏感でした。しかし、コロナウイルスの影響が出始めたタイミングで、強みである納期を度外視した商品在庫を確保するための受注が増え始め、その変化を感じた営業はその情報をいち早く共有しました。それをもとに、生産体制の強化を一気に進め、その後2020年4月の緊急事態宣言発出により爆発的に増えた需要に対しても対応することができました。対応が少しでも遅れていたら、莫大な機会損失を被ったことでしょう。
活用できなかった事例
特殊な機械を製造しているC社では、コロナ禍における需要減に対応できなかった例です。同社は特許をもとにした製品製造を行っていることも関係し、もともと社内で情報を共有するという意識が希薄であり、むしろ情報セキュリティの観点で共有するべきではないという意識の高い企業でした。そのため、営業が把握している顧客の状況も適時に共有されず、部門間の協力もないためリカバリもできず、そのまま業績に大きな影響を受けました。特殊性ゆえ、通常は安定したビジネスを行えているものの、環境が変わった時に新たな製品を開発するなどの対応が素早くできず、十分な対応ができないままダメージを受けてしまいました。これまで特殊性ゆえ守られていたビジネスが身動きを取りにくい状況を生み出してしまったのです。
これからの製造業に必要なこと
ご紹介したような、うまくいった事例、いかなかった事例からどのようなことを感じられたでしょうか。ここで挙げた例は、コロナ禍という比較的短期間で発生した状況ですが、それとは別に、日本では少子高齢化という、ゆっくりですが確実に進む社会構造の変化もありますし、技術の発達による働き方の変化もあります。また、今後は環境問題への配慮による生活習慣や価値観の変化、場合によってはレジ袋の有料化のような新たな規制が生まれることもあるかもしれません。
つまり、ゆっくり確実に起きる変化もあれば、全長もなく突然発生する事態もあるのです。ここで避けなければいけないのが、ゆっくり起きる変化は日常では感じにくいため対策を怠り、気づいたときには手遅れという事態を招き、突発的な事態に対しては、なす術もなく立ち尽くしてしまうという状況です。
そのためには、既存の製品やビジネスと、新たな製品やビジネスを模索するという体制づくりが必要です。これには、製品ポートフォリオを分散するというリスクヘッジの観点と、何か変化が起きたときに、新しい取り組みをする体制を常に整えておくという2つの意味があります。なにかが起きたときに、新製品を作るためには何が必要かから考えていては間に合わないのです。
そして、新たな製品やビジネスを創るための起点となる情報が顧客情報であることは言うまでもありません。
顧客情報によってなにをするべきか
コロナ禍をきっかけとして、今後はますます不確実な世界になるという論調が多く見受けられますが、実は不確実性やリスクはどの時代でも同様に内包していました。ただ、戦後の高度経済成長期という特殊な経済環境の記憶が残っているということや、過去に対しては不確実性が存在しないため、将来に対して不確実性を強く感じる傾向にあります。つまり、いま特別な世界になったのではなく、これまでも潜在的だった不確実性が顕在化した場面を見ることが増えたと考えるほうが自然です。
この前提のもと、これからどのような製造業を目指せばよいのでしょうか。それは柔軟性を持つということに尽きます。言い換えると、変化に対応できる意識と仕組みを持つということになります。変化に対応するには、まず変化をできるだけ早く認識することが重要です。その入り口になるのが顧客情報なのです。顧客情報は、概要的な情報だけではなく、日々発生する商談の内容、要望の変化やサポートへのリクエスト内容、またこれらに含まれる組織の変化、事業構造の変化など、定性的な内容も含みます。これは多くの場合、変化の兆しであり、それを共有し、同じ意識を持つことが、変化への対応の第一歩となるのです。
つまり、これから目指すべき企業の姿にとって、顧客情報の共有と蓄積は必須条件となるでしょう。
求められる情報の質
では、変化の対応のために求められる顧客情報とはどのようなものでしょうか。それは「精度」と「鮮度」の観点で考えてみましょう。
まず「精度」ですが、よくある誤解として、100%正しいことが確認されるまで共有しないということがあります。もちろん、想像や憶測だけの情報を正しいことであるかのように共有することは問題があります。しかし、完全に正しい情報であるということを求めるのも非合理的です。なぜなら、顧客の状況も刻々と変化するからです。ですので、ある程度の根拠があれば、その前提で共有することが重要です。CRMの一般的な使い方の一つである営業担当による商談管理においては、「確度」という概念があります。商談においては、契約締結という100%になる状態がありますが、顧客の状況や変化に100%という状況はありません。
そこで重要になるのが「鮮度」です。将来に向けて必要な情報は、100%確定した過去のデータに加えて、これから起きることを予測して対応するためには、鮮度の高い情報を共有することもそれ以上に重要であり、両方をいかに両立させるのかが課題になるでしょう。
情報の流通基盤が重要
今後の企業は、製造業においても変化への対応がその生き残りのカギを握ります。そして、そのためには変化をいち早く察知するために鮮度の高い顧客情報が重要であることをお伝えしました。次に、どのような仕組みがあれば、この鮮度の高い情報を社内の必要な部門や社員にすばやく届けることができるのかです。ここに、これまでお伝えしてきたCRMの価値があるのです。つまり、CRMは現在の営業と製造現場の間に横たわる課題を解決するためだけのものではなく、その企業の存亡にかかわる情報を流通させる基盤であるということです。この観点からも、従来のようにExcelで顧客との面談のメモをまとめ、週次や月次で報告するという形態では、とてもその目的を果たせないというのは想像いただけるでしょう。
また、その性質上、どこからでもアクセスし、情報を入力したり閲覧することに加え、セキュリティ対策も重要になります。そこで、クラウドベースで信頼のあるプラットフォームで展開されるCRMソリューションが大きな役割を果たすことになるのです。
使い方もあわせて設計が必要
CRMは今後の製造業にとって、ひとつの生命線になってゆくでしょう。しかしながら、CRMはあくまでプラットフォームです。導入と同時に、情報への意識や、一定のルール付けも必要でしょう。たとえば、自分にとってだけでなく、会社にとっても都合の悪い情報を共有すると称賛されるような文化であり、結果を出しても経緯を共有していなければ評価されないなど、情報に対する姿勢を作っていくことを、道具といっしょに展開することが重要になるのです。そのためにも、さまざまな企業での導入で知見を持つベンダーとともに、試行錯誤をしながら自社にあった顧客との向き合い方を創り出していっていただきたいと思います。
次回、最終回は顧客情報とデジタルトランスフォーメーション(DX)についてまとめてみたいと思います。
<NTTデータ グローバルソリューションズについて>
株式会社NTTデータ グローバルソリューションズは、日系企業のグローバル展開に伴うシステムのグローバル化需要の拡大に対応するため、2012年7月に設立されました。NTTデータグループの「SAP Global One Team」の一員として、NTTデータの国内におけるグループ会社に分散していたSAPソリューション、業務ノウハウの一体化を図り、SAP ERPシステムの導入から保守運用、拡張開発支援など、多岐にわたるサービスをワンストップで提供し、NTTデータグループにおけるSAP事業の中核会社として、企業の戦略的な事業経営をサポートしています。