日本のSAPユーザーは約2000といわれる。製造業でも利用している企業は多いが、その多くが、2027年末にサポートが終了するSAP ECCを利用している。新製品であるS/4HANAへの移行は、SAPを製造業のDXを実現するデジタル基盤としてフル活用するためには不可欠だ。
一方、移行を支援するIT人材の不足が顕在化しつつあり、このままでは、移行したくてもできない、「取り残される」SAPユーザーが相当数発生する可能性がある。独自の移行手法でS/4HANAへの移行を、短期間かつリスクを抑えてサポートする、独シュナイダー・ノイライター・アンド・パートナー社(以下、SNP)日本法人CTOの横山公一氏に、S/4HANA移行の現状と、SNPが開発した「BLUEFIELDアプローチ」について聞いた。
遅れが目立つSAP ECCからS4/HANAへの移行
―SAP ECCからS/4HANAへの移行は、現在、どのような状況なのか。
日本でSAP S/4HANAを導入しているのは約400社と言われています。この数字は、新規にS/4HANAを導入した企業も含んでいるため、SAP ECCからS/4HANAに移行した企業の数は、およそ200~300社程度だと考えています。日本のSAP ECCユーザーは約2000といわれますが、S/4HANAへの移行を済ませたSAPユーザーの数はまだまだ少ないのが現状です。
今から2025年までに実施できる、S/4HANAへの移行プロジェクト数は1000件程度とみられています。2027年までサポート期間が延長されたとはいえ、移行が必要な企業の数と、我々のようなITベンダーのキャパシティを考えると、移行したくてもできない、「取り残される」企業が出てきてしまう可能性があります。
―SAP S/4HANAへの移行が遅れている理由は何であると考えるか。
SAP S/4HANAへの移行方法としては、既存システムから単純移行する「コンバージョン」(Brownfield)と、システムを1から組み立て直す「ニューインプリメンテーション」(Greenfield)の二つが一般的です。しかし、このような手法では、移行に1年半から2年かかってしまいます。大規模な移行プロジェクトは費用も高額なうえ、移行を実施する際には、長時間システムを止める必要があります。データ量が多いユーザーの場合、一週間程度システムを止めなければなりませんが、そんなに長期間、システムを止めるのは難しい。このようなハードルの前に、多くの企業が足踏みしているとみています。
しかし、リリースから6年経ち、S/4HANAの機能も充実してきました。2015年のリリース当初は、SAP ECCからS/4HANAに移行すると使えなくなってしまう機能が沢山あったため、わざわざ移行しようというユーザーは多くありませんでした。その後のバージョンアップを経て、今ではSAP ECCにはない新機能が使えるようになっています。特に、AIやIoTを活用し、データ駆動型の経営を実現しようとするならば、SAP ECCでは限界があります。このような背景から、ここ数年で、移行を検討するユーザーが増えてきたというのが現状です。製造工程をトラッキングして詳細な分析をしたり、倉庫管理を最適化したりするような機能もあり、製造業のSAPユーザーの関心も高まっています。
SAP S4/HANAに移行するメリット
―製造業の企業にとって、S/4HANAに移行するメリットはなにか。
製造業の企業の多くが、海外でも事業を展開しています。例えば自動車業界では、自動車メーカーがタイに工場を作ると、部品メーカーも進出して工場を作ります。このように世界各地に進出して、それぞれの拠点で別々の基幹システムが動いている、という製造業が多いのです。ここを一つにすることで、大きな効率改善が見込めます。例えば、マテリアルマスタデータです。システムが違うと、日本と同じ品目を海外のシステムにも登録しなければなりません。しかし、システムが統一されていれば、シームレスに全品目が連携されるので、わざわざ登録したり、個別に更新する必要がありません。設計や変更管理なども、全てシームレスに動いていきます。
昨年の事例ですが、海外に複数の拠点がある製造業のお客様向けに、6社に分散する6つのSAPシステムを統合しました。この案件では、統合と同時に、2025年にサポートが終了するSAPの人事モジュールを除外し、S/4HANAへの移行する作業を6ヵ月で完了しました。これを実現したのが「BLUEFIELDアプローチ」で、この案件はSAPのアワードを受賞しています。海外の事例では、例えばエアバスでは、60社のシステムを統合するというプロジェクトを実施しています。
短期間でS/4HANAに移行できる秘密とは?
―なぜ、そんな短期間でS/4HANAへの移行を実施できるのか。
SNPでは、独自に開発したデータ変換基盤ソフトウェア「CrystalBridge」を使い、移行に必要な作業の多くを自動化し、まとめて実施するため、移行に必要な時間を極端に短縮できます。
例えば、SAP ECCからS/4HANAに移行するときには、SAP ECCのバージョンが、「エンハンスメントパッケージ」8以上である必要があります。しかし、製造業のSAPユーザーの多くが、SAP ECCを導入したときのバージョンのまま利用しており、これを8にアップデートしようとするだけで、通常のやり方では数ヶ月かかります。
また、S/4HANAには国際会計基準IFRSに対応した総勘定元帳があります。実は、S/4HANAでは、総勘定元帳は必須項目であり、S/4HANAに移行するときには、この機能をオンにしなければならないのです。しかし、ほとんどのECCユーザーは、クラシックレジャーという古い機能を使っています。この機能をオンにするだけで、大変な作業が発生します。システムコンバージョンでこれをやろうとすると、1年くらいは必要です。「BLUEFIELDアプローチ」では、このような作業を自動で、しかもまとめて実施するので、短期間での移行が可能なのです。
さらに、業務に必要なデータを選択的かつ段階的に複数回に分けて移行するので、システムダウンタイムを最小化できます。一般的なやり方では一週間止める必要があるところを、「BLUEFIELDアプローチ」であれば、12時間から20時間程度で済むのです。システムのダウンタイムをほぼゼロにする、ニアゼロダウンタイムも、「BLUEFIELDアプローチ」が、製造業を含め、多くのユーザーに評価されている理由です。「CrystalBridge」には、26の機能が搭載されており、これらを組み合わせることで、SAP ECCからS/4HANAへの移行のみならず、複数のSAPシステムの統合や、他社製品からS/4HANAへの移行などにも対応しています。
データ変換基盤ソフトウェア「CrystalBridge」を構成する、26の機能
「BLUEFIELDアプローチ」では、目的にあわせ、26の機能を組み合わせ、短期間、低コスト、低リスクでのS/4HANAへの移行を実現する。
―S/4HANAは製造業のDXにどのように貢献するのか
S/4HANAでは、より高度な分析ができるようになります。例えば、タイと中国で同じ製品を作っているが、なぜかタイの方が早く出来上がる。このような時に、両方の拠点にS/4HANAが入っていれば、生産ラインのどこに違いがあり、何が原因で生産スピードや歩留まりに違いが出てくるのか、詳細な分析を行うことができます。日本の製造業では、円単位どころか、それより下の単位でコスト削減に取り組んでいる会社もあります。このような分析機能は、更なる効率化を実現するための大きな助けになります。
また、S/4HANAは、ジャストインタイム生産方式の改善にも活用できます。生産する製品の種類が変われば、使う部品の種類も変わります。今まで、Aという部品を使っていたが、今度はBという部品が必要になる。しかし、このBという部品は、倉庫の一番奥にしまってあって、持ってくるのに時間がかかる。S/4HANAの拡張倉庫機能(EWM)を使うと、このような所まで分析して、倉庫の最適化を実現することができます。倉庫の広さや棚の大きさなどのデータが全て入っていて、最適化してくれるのです。SAP ECCでは、このような機能をフル活用することができません。ビッグデータやAIを駆使して、製造の効率化や最適化を実現するためには、S/4HANAへの移行が不可欠なのです。
BLUEFIELDアプローチでS/4HANAへの移行が容易に
―製造業の企業がS/4HANAへの移行を検討する際の課題は何か。
製造業のSAPユーザーの多くは、2000年頃にSAPを導入しました。そうすると、20年分のデータがSAPに溜まっていて、データ量が膨大になっていることが多いのです。通常の移行手法では、時間も費用もかかりますし、何より、移行の際のダウンタイムが長期化してしまいます。20年分のデータがあるけれども、古い10年分のデータは不要である、というような場合には、「BLUEFIELDアプローチ」を使い、直近10年分のデータだけを選択して移行することもできます。これはECCからECCへの移行事例ですが、ある飲料メーカーでは、「BLUEFIELDアプローチ」で、50テラのデータから4テラ分だけを取り出して移行するというプロジェクトを実施しました。
また、海外の企業を買収したので、会計年度を変更したいという要望もよく聞きます。しかし、SAPは、システム上、1年の間に締めを2回受けないので、通常のやり方では、会計年度を変更できません。「BLUEFIELDアプローチ」では、こうした細かい要件にも対応できるので、S/4HANAへの移行を考えている製造業にとって、非常に有効なツールであると考えています。
レガシーな基幹システムを刷新し、DXを推進することは、製造業の成長にとって必須の課題だ。SAP S/4HANAを活用すれば、AIなどの最先端の技術とデータを駆使して製造工程の最適化を実現できる。しかし、移行に必要な時間と費用から、移行をためらう企業も多い。SAP ECCのサポート終了期限が迫るにつれ、S/4HANAへの移行を支援するIT人材の不足も深刻化していくことが懸念される。SNPが提供する「BLUEFIELDアプローチ」が、製造業がサポート終了までにS/4HANAに移行し、DXを実現する切り札となるか、注目したい。