技術者の育成や教育を行う対象として、多くの技術者を見てきました。業界は製造業に関連する全般で、機械系、化学系、素材系等が中心です。しかしこれら多くの方々の育成や教育を行ってきて、間違いなく育成、教育の効率に影響を与える要因があります。それが「年齢」です。「技術者の育成や教育は何歳くらいまでにきちんと始めるべきかわからない」というマネジメントの質問に答える形でその背景にあるもの、当該背景を踏まえ、どのように取り組んでいくべきかについて考えてみたいと思います。
年齢を重ねる程、自らのやり方に固執する技術者
一般的な自社内での育成体制により、育成された技術者にほぼ共通するのが、「外からの助言や提言の受け取りと、吸収の仕方がわからない」ということです。
中途採用等で別の企業を知っている技術者はまだこの辺りを受け入れよう、という考えがある場合もありますが、そもそも思考回路的に「安定が技術的な業務の基本にある」と考える傾向の強い技術者は、外からの助言や提言といった「異物」によって、今まで培ってきた基本的な部分の安定が崩れることを無意識に避けようとします。もちろん自社の育成体制によって、バランスの取れた技術者が育つこともあります。それ以上に、その技術者の個性として、外に対してオープンな人物であれば問題ありません。ただ、一般論としては外からの空気を嫌がる傾向にあることは理解が必要です。
そしてさらに問題なのが、「年齢を重ねる程、自らのやり方に固執する」ということです。ある程度年齢を重ねた技術者は、「知らない、わからない」ということを発言することをプライドが許さず、「自分はこれでやってきた」「自分はこれを知っている」という、技術者の専門性至上主義が悪い形で表に出てきてしまい、今一度自分を引いた視点から読み取ることができなくなってしまいます。
この傾向は間違いなく「年齢を重ねるほど顕著になる」ことがわかっており、一度こうなるとなかなか変わることができません。そのため、加齢というのは技術者の育成、教育という観点で大きなネックになります。
技術者が加齢によって自己流主張、自己知識肯定が強くなる理由
技術者が年齢を重ねることによって、自らのやり方や、自分は知っているという主張が強くなってしまうのはなぜか、という質問に対する答えは比較的単純です。それは、「自らが安全地帯としている領域でしか仕事をしていない」からです。井の中の蛙という例えが完全に当てはまるということになります。
自らがわかる世界でしか動いていなければ、自らの経験で壁にぶつかることもなく、知識もある意味永遠に使えるでしょう。そのような状況にあれば、「自分の今までやってきたこと、蓄積してきた知識に間違いはないのだ」という考えを変えるきっかけには出会いません。
安全地帯にいる技術者の成長は止まる
安全地帯にいる技術者の成長はそこまでです。今の技術の変化のスピードが大きい一方、情報が氾濫しているため、「技術の本質は何か」という技術の根本的な部分、いわゆる古典理論を理解の上、必要な情報を抽出するという能力が問われる時代です。
今後はさらに技術の異業種交流や異業種協業が必要となり、自らの知っている領域に閉じこもっているようでは、これから先、AIや若手技術者、そして新興国企業の台頭する時代で生き残れません。しかし安全地帯にいるとこのような激動は対岸の火事のように見えます。そのような悪い意味で安定した場所にいる技術者が、成長する要素を持ち合わせないことは、イメージしやすいのではないでしょうか。
異なるやり方、知見を受け取れる技術者の年齢は
技術者の年齢と育成、教育の関係に話を戻します。このような守りに入らずに、外に対して目を向け、それを受け入れられる技術者の年齢はどれくらいなのでしょうか。私の経験では、「おおむね20代中盤から30歳前くらいまで」というのが答えです。
人によっては、30歳を過ぎてからも大きな成長をする方もいますし、40代前半でも何とかして外の考えを取り入れて成長しよう、というモチベーションを持っている方もいます。ただ一般的にという意味では上述の年齢になります。
20代前半が入っていないのは、「自社ので実務経験が不足しているため、外の意見や助言を受け入れる余裕がない」ということによります。優秀な方であれば、当然、学生の段階でも助言や提言をうまく吸収し、成長するような方もいます。しかしながら企業に新入社員として入社した技術者は、「日々の業務推進に必要な実務力」を求められるはずであり、まだ自らのスキルアップに意識を向けられる方は多くはありません。そのため、2、3年の実務を積み、所属する企業での仕事が何となくわかってきた、という段階に入ったところで、「より技術者としてのスキルを向上させるにはどうすべきか」という教育を始めるのが妥当だと考えます。
技術者の育成や教育は、「技術者の年齢によって支配される鮮度との勝負」とも言えます。早すぎても浸透しにくく、かといって手遅れになると全く受け入れられなくなる。大変難しい要素があるのは事実です。
しかし企業として、やはり常に外に目を向け、技術者にも外目線を理解させることは重要かと思います。このように技術者に対して外に目をむかせることで、「本当は安全ではない、技術者が主観で安全地帯と考えるところに引きこもる」というのを防ぐ効果が期待できるからです。
一般論として技術者の育成は遅れる傾向にあるため、早めに動くということで間違いはありません。感染症の拡大などにより社会情勢に大きな変化が生じている今だからこそ、企業の根幹ともいうべき社内の技術者の育成に取り組むべきだと思います。
【著者】
吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
FRP Consultant 株式会社
代表取締役社長
福井大学非常勤講師
FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
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