2024年に新しい一万円札が登場する。『日本資本主義の父』と呼ばれる渋沢栄一を織り込んだデザインである。
一万円札の偽造防止を目的に20年周期で新紙幣を発行する慣習に従ったものと思われるが、フィンテックに向かう強い国際潮流が台頭し、DX(デジタルトランスフォーメーション)へのパラダイムシフトの中で、いまさら新札を発行する日本銀行の感覚に『茹でガエル危機』を感じざるを得ない。
新札は、偽造防止の精巧な透かしや肖像のホノグラムなど、日本のものづくり技術を結集した集大成である。世界一のハイテク紙幣が誕生することは大変喜ばしいことではあるが、この技術追求の意義を深耕してみる必要がある。
NHK大河ドラマ『晴天を衝け』を楽しみに視聴し、渋沢栄一の人生に尊敬を抱き、新一万円札デザインに共鳴するのも悪くはないが、デジタル通貨で周回遅れの日本銀行が、(デジタル通貨には無関心で)新札発行に威信をかけて実行する方針には疑問を抱いてしまう。
特に、新一万円札への発行・切り替えに伴う費用に1兆円にも届くほどのお金を投入することへの意義にも疑問を持たざるを得ない。当社の有力顧客の群馬県のO社は、ATMの筐体製造のトップメーカーであり、新札切り替えの特需を期待できる企業であるが、非常に批判的な意見を抱いている。
「新札切り替えは一時しのぎの特需であり、継続性もなく、将来の経営の柱にはならない」と断じ、業態の再構築に乗り出している。日本の新一万円札は、デジタル社会への大いなる逆走であることは否定できない。新札に組み込まれた肖像ホノグラムなどには、他国がまねできないデジタル技術が投入されていることも事実である。
日本のものづくりは、単なるアナログ熟練工依存ではなく、高度なデジタル技術が導入され、デジタルとアナログが融合したものづくりを構成しており、新札切り替えにも最先端なデジタル技術が活用されていることは間違いない。
また、偽札判別にも高度なデジタル技術が搭載されていることも疑いの余地はない。ところが、ここに重要な日本社会の周回遅れの現実が潜んでいる。DXとは、主としてクラウド技術をベースにビジネスや社会活動を一変させる大パラダイムシフトであり、偽造紙幣の発見精度を上げるデジタル化とは全く異なるものである。
新一万円札が最先端の技術を搭載し、巨額の予算を投じても、その成果は微々たるものである。現状のままでも日本の紙幣は偽造が難しく、昨年の偽造発見枚数は3000枚にも満たないのに、偽装紙幣の発見精度向上が実現しても、パラダイムシフトは起こらない。
ブロックチェーンを軸とするデジタル通貨での変革こそがDXであり、次世代の幕開けでもある。新設されたデジタル庁が音頭を取って、わが国の通貨や金融のDX化の道筋を切り開くことを大いに期待したい。途上国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行する動きが急速化している。
ナイジェリア・ガーナ・モロッコ・ブータンなども発行準備を整えているが、驚異は中国がCBDCの先頭を走り、先進国を引き離し、新興国を丸抱えする国際送金・決済システムで存在力を強化しようとしているのは誰の目からも明らかである。
日本に目を転ずると、DXから周回遅れの日本の現実が浮き彫りになる。「日本は真にヤバイ状況にある」と言わざるを得ない。残念ながら日本では、DXの本質論も理解できず、従来のデジタル化の延長に自己満足してしまう現実が存在する。
報道各社も『従来のデジタル化』と『DX』とを区別せず、DXの戦略的意義の解説に乏しいのも現実である。その結果、多くの日本人は『DXの本質』を理解できず、ここに周回遅れの悲劇が存在する。これこそが『茹でガエル危機』である。
話を中小製造業の課題に移すと、日本中を埋め尽くすヤバイ状況は、中小製造業経営者にも及んでいる。経済産業省は18年に最初のDXレポートを発表して以降、続編を継続的に公表しているが、一貫して『従来型のデジタル化』と『DX』の違いや、カスタマイズ型の従来モデルへの警鐘を鳴らしている。
このままでは、カスタマイズを軸とした『従来型のデジタル投資』には限界があり、『投資を行ったユーザー』と『ソフトを供給したベンダー』の双方に悲劇的な未来が訪れることも警鐘している。経済産業書のDXレポートは、明確にDXの意義を解説している。
ところが、この経済産業省の警鐘は、中小製造業経営者には正確に届いていない。当社(アルファTKG)では、DXの重要性とそのイメージを中小製造業経営者にお届けし解説するために、別掲の図をもとに解説している。この図の趣旨は、工場を建物にたとえ1階から3階までを現実工場として表現している。現実工場のデジタル化は、従来のデジタル化であり、DXとは全く異なるものである。
DXとは図の4階への拡張である。DXは、ビジネスのあり方を根元から変えてしまう国際的なパラダイムシフトである。日本がDXに周回遅れである現実を再認識し、日本に定着するDXの強烈な推進が必須であることは間違いない。
◆高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。