若い頃、飛行機が苦手だった。鉄の塊が空を飛ぶということが、頭では理解しても心から納得はできず、離陸と着陸の時、いつも心のなかで無事を祈っていた。苦手を払拭できたのは、飛行機の事故発生率を知ってからだ。自動車の交通事故よりも発生率は低いと知り、そこからは不安感や恐怖心が薄れ、安心して乗れるようになった。今ではすっかり飛行機が好きになり、旅の楽しさは倍増した。
恐怖で動けなくなるさまを評して「蛇ににらまれた蛙」という。最新の研究結果で、蛙は恐怖で動けないのではなく、蛇の出方をうかがっているのだという説も出てきているが、総じて人を含めた生物は大きな不安や恐怖に直面すると身体が硬直して動けなくなる。これは生物に刷り込まれた本能だ。
不安と恐怖は人の心を折り、行動を封じる。歴史上の独裁者たちはそれを悪用して国を支配した。しかし裏を返せば、それらを減らし、安心や安全を高めれば人は動く。もともと好奇心が旺盛で、勝手に動いてしまうのが人のサガなのだ。人やモノが動くことでビジネスが生まれる 。
最近はテレビや新聞、WEBを見ていると、不安と恐怖を煽る風潮が蔓延している。製造業関連で見ても「人手不足でいずれ労働力がなくなる」「日本企業のDXは遅れている。早くやらないと世界に取り残される」「海外製品に押されている」などの記事をよく見かける。不安を煽って製品を売り込むのはよくある話だが、そうしたその場しのぎのビジネスが行き着く先はマイナスにしかならない。
結果として地力はつかず、クリエイティブやイノベーションといったこれからに必要な競争力の創出は期待できなくなる。不安や恐怖を煽ること、それに反応することはもうやめよう。安心安全の構築に力を注ぎ、未来に向かって思考する。クリエイティブやイノベーションはそこから生まれる。安心や安全は金にならないと言う人もいるが、それは間違っている。安心や安全だからビジネスが動くのだ。安心安全は価値である。