さまざまな業界の顧問先、行政との協業をベースとした複数社の若手技術者に対する教育などの現場を踏まえ、最近とても感じているのが、「技術者育成の本質は突き詰めると国語力に集約される」ということです。国語力というのは教育の原点となる科目のひとつです。「国語」という授業科目がそれに該当します。国語力に関する教育の最前線の現場で話をし、その教育を受ける人との討論が、自らの教育理論の改善と発展につながるのではないか。そんな狙いを踏まえて特別授業に関する企画を立案し、私のネットワークを経由して校長先生に打診したところ、東京都にある小学校で授業をさせていただく機会を得ることができました。今日はこの授業の概要について述べてみたいと思います。
国語力の不足に苦しむ技術者と小学生との討論という企画立案まで・メールの文章が長くて、結局のところ結論が何かわからない。・相手の状況を顧みずに専門用語を多用し、コミュニケーションができない。・出張や打ち合わせを報告させると、話があちらこちらに発散して要領を得ない。・実験や試験を進めているうちに本来の目的を見失い、迷走する。・技術報告書はもちろん、社会人としての常識である議事録や出張報告書が書けない。正直な印象として、「技術者は専門性が命である」という議論に到達するはるか手前の基本的なところが欠落しています。
国語力というのは、「読む、聴く、話す、書く」のすべてに通じる大変重要な人としての土台であり、これに課題がある場合は一刻も早く改善する必要があります。しかし、専門教育を受けた、技術的な実務を経験してきたという自負があることもあり、技術者の多くはプライドだけはもっています。
さらにそのプライドは専門性至上主義にしがみつく副作用といえる「自尊心の低さ」からくる防衛反応であることもあり、自分が国語力という基本部分の力が無いことを認めたくない、という拒否反応が前提となる場合が多いのが実情です。
このような状況故、技術者に最も基本的な国語力に関連する教育、例えば・技術報告書の書き方・打ち合わせの進め方・大量の情報から概要をまとめる要点抽出方法・技術新規テーマ立案に必須の企画のつくり方などを教育するにあたり、そもそも受ける側がその準備ができていないケースも多々あります。
自らのプライドを守るため、自分が得意とする自らの専門性という話に絡めようとすることで、本質に話が近づかず、遠回りになってしまうのです。このような状況を打破するにはどうしたらいいか。迷ったときは思考の軸を広げるというのが私の考えです。
そこで、多々ある軸の中で今回は「年齢」というものに着眼し、それを軸に本質に迫る、つまり軸の原点に近づくことを考えました。このようにして考え出したのが、義務教育課程にある小学生との国語力に関する討論でした。
小学生との授業概要
今回担当させていただいたのは卒業を間近に控えた6年生、3クラスでした。人数はどのクラスも30人前後です。最初に自己紹介からはじめ、小学生をこちらに引き付けるために「好きな授業科目は何か」という質問を投げかけ、場をほぐしました。
正確にいうと最近の小学校では外部の人を読んで授業をするのが当たり前のようで、ほぐす必要は無く、クラスによっては常に半分以上の児童が手を上げるなど、緊張はほとんどなく、初めからかなり発言が多かったです。そして少しずつ本題に。まず問いかけたのは、「会社という所で、皆さんが受けている授業科目の中で最も役立つものは何だと思いますか」ということです。
児童の皆さんは積極的に発言してくれました。最も多かったのが「社会」という回答。会社勤めとは社会に出るということなので、社会の仕組みを理解する必要があるのではないか、というのがおおむねの意見でした。もちろん正解ですね。もう一つ多かったのが「図工」。
理由としては、形をいろいろな角度から理解するには図工という科目が役に立つのでは、という意見が主でした。これはなかなか鋭い切り口です。技術者にとっては必須の考え方ですね。恐らく地頭の良い児童かと推察しました。
これは技術者、つまりエンジニアという職業には大変重要な知見ですね、というフィードバックをしておきました。このようなやり取りを繰り返した上で、これは「あくまで私の意見ですが」という前置きの上で述べたのが、「国語が一番役に立ちます、そして大切です」ということでした。
おー、なるほどという生徒から、えー、私は違うと思いますという意見が半々くらいでした。いずれにしても、なぜですか?という質問が出たのはさすがは小学生です。
なぜ国語力が大切か、そしてどうすれば国語力を上げられるか
そしていよいよ本題である「国語力」についての話をはじめました。基本的には普段私が技術者に対して話をしていることと同じです。それを、小学生向けに表現を変えたものになります。国語は「読む、聴く、話す、書く」という基本であることからも、すべての人間の活動の基本に直結すると伝えたところ、こちらについては思ったよりも腑に落ちた児童が多かったようです。
数人からは「国語と言うか、英語ではないでしょうか。英語の方が外国でも使えるので」という意見も出ましたが、これも正解ですと話した上で、「英語も結局のところ最も大切なのは文法だと私は考えます」という話をさせてもらいました。これは、私自身が海外での経験を踏まえたものです。
帰国子女の児童もいたので言葉が違えど、基本は同じであるということが伝わればいいかと思いました。一点追加で説明したのは「英語は万能ではない」ということです。これは、私がドイツで生活した日々を振り返って実感したことでしたので、実体験を踏まえて説明しました。
そして「どうすれば国語力を上げられるか」という質問を投げかけ、意見を言ってもらいました。抜粋すると以下のような意見がでました。矢印以降はこちらから「理由は?」と問いかけた際の児童の応答です。
・本を多く読む→活字を多く読むことで、読む力が付くのではないか
・いろいろな事をいろいろな人(主に友達)と話す→話題を絞らずにいろいろな人と話すことで、いろいろな人の考え方がわかるようになる
・音読する→読むだけでなく声を出すと言葉を覚えやすい
・自分で意見を言う→考えを伝える練習になる
・本を読んでその内容を他の人に紹介する→理解したことを人に伝える練習になる
・話す前に人の気持ちを考える→人の考えを先まわるようにすることが、コミュニケーション力改善に重要
・口げんかをする→反論する練習は、やり取りにおける力をつけるのに重要
・ポジティブラーニングを無料アプリでやる→手軽にどこでも勉強できるからいいと思う
思った以上にこちらの質問を理解し、それに対して的確な返答をしていた印象です。これらはどれも重要です。そして間違ってはいません。上記以外で、特に印象に残った意見を2つほどご紹介します。
「押さえつける」よりも「引き出す」
技術者も学ぶべき国語力改善の取り組みについての小学生の意見
まず一人目は男子児童からの意見でした。「しりとりをする」というものでした。理由としては、しりとりをすると言葉を多く覚えるから、つまり語彙(ごい)力が高まるからということです。これは私の中には無い考えでした。
例えば技術者が専門性至上主義にとらわれているということを逆手に取り、その業界用語に限定したしりとりを行う、というのは業界に入りたての若手技術者にとっては大変興味深いものとなるでしょう。手元に専門用語を掲載した辞典を置いてでもいいので、専門用語のやり取りをするのです。
専門用語に関するクイズにしてもいいかもしれません。言葉を捻出するという作業は、表現力の改善に効果があるため、これは今後の技術者教育の一助にさせていただきたいと思います。
もう一人は女子児童でした。この児童の意見は「物語を作る」というものでした。
こちらも大変興味深い切り口です。この意見について、さらに私から質問をしました。「物語を作るのに最も重要なものは何だと思いますか」というものです。これに対し、言葉を探しながら話してくれたのが「登場人物を誰にして性格はどうするか、どのような場面か、どのような流れにするかといったことでしょうか」ということです。これはまさに「企画」の話ですね。
これについても、例えばですが技術的な現象を説明する解説文章を作るのですが、その前に企画を立案し、どのような文章にするのかということを決めた上で、事実を伝える文書を作成させる、というのが若手技術者への教育に応用できます。
技術報告書の一歩前段階のイメージですね。文章作成力に課題の有る多くの技術者にとっても取り組むべき課題の一つです。この辺りも技術者育成に向けた教育理論への応用を検討したいと思います。
最後に伝えたことと所感
一言でいうと今回授業を担当させていただいた児童は皆優秀でした。大人と話しているのとあまり変わらない印象です。これはもともと同年代の子供がいる私の実感とも合致しています。ただ気になったのは優秀という判断の切り口が、一般的な大人の基軸に沿っているような気がするということです。
子供らしい、より斬新な切り口が欲しかったのですが、大人っぽい発言が目立ちました。今の時代はますます先が読みにくい時代です。感染症、自然災害、紛争や戦争など、人間同士の争いだけでなく、自然の猛威や未知の脅威との対峙(たいじ)といったさまざまなことが突然起こる時代です。
そしてそこに輪をかけるように発達した情報技術が玉石混交の情報を拡散させ、何が正解かを自らの価値観で判断するということが求められています。つまり今大人が言っていることが必ずしも正解ではないのです。
「大人がどう思うかではなく、自分はどう考えるか」を大切にしてほしい。そして「不安定な時代を生き抜くには若い力が必要」ということを伝えた上で、 「今は焦らずにまずは中学校生活を楽しんでください」という言葉でまとめました。
どこまで伝わったかはわかりませんが、少しでも児童の皆さんが何かしら感じてもらえたらと思います。ただやはり小学生のパワーはすごいです。ここは大人とはけた違いです。子供たちに合わせ、こちらも本気でぶつかっていった後の疲労感はすさまじいものがありました。
小学校の先生方を心から尊敬しました。上から押さえつける、経験値として正解と思ったことを一方的に伝えるというよりも、このような若いパワーをうまく引き出す、つまり若い方の力を引き出すことが、技術者育成でも求められる教育ロジックだと思います。
また機会を見つけ、他の学校の児童の意見も聞いてみたいと思います。
【著者】
吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
FRP Consultant 株式会社
代表取締役社長
福井大学非常勤講師
FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
https://engineer-development.jp/