技術者を抱える企業が新しい技術を生み出す、いわゆるイノベーションを実現するには、「異業種協業」が不可欠です。しかし、異業種協業というのは言うほど単純な話ではありません。
異業種企業との連携は企業スケールによってアプローチが異なる
資金力があり、会社ごと買収するようなスケールであれば、技術とセットで人が入ってくるので、異業種協業は同じ釜の飯を食う関係を構築しながら進めていくことも可能です。
ただし、このようなスケールのアクションをできる企業は限られます。加えて買収するにはそれだけ明確な目標と、投資を回収できるという見通しが重要であり、異業種協業によって本当に新しいものを生み出す、というチャレンジングな要素が高いとなかなか実現できないものとなります。
以上のような状況を踏まえ、中小規模の企業をはじめ多くの企業は、「プロジェクト単位の共同研究開発」という枠組みで異業種協業を推進するのが一般的です。
買収に比べれば企業間で大金をやり取りする必要も無く、またそれぞれの企業が担当する業務範囲を明確化することで、不必要にお互いのリソースが当該業務に奪われる、といったことも基本的にはありません。
しかし、このような企業組織をまたいだ共同研究開発においては、担当する技術者、特に若手技術者の意識という部分で盲点があります。
共同研究開発を前進させるには、相手企業の技術への歩み寄りは不可欠
この盲点というのは、「共同研究開発を行う相手企業の技術に歩み寄る」という姿勢です。
技術者の中には、例えば自社が相手企業の技術を応用してイノベーションを目指す場合、「こういうことをやってもらいたいので提案してほしい・検討してほしい」というように、相手にアイデア出しを要求する一方で、「相手企業の技術は自分たちの技術とは領域が異なるので、そこは任せる」というような主張により、自らの思考回路を停止させるケースが多く見受けられます。
これは一見すると正しいようにも見えますが、いくつかの問題点があります。
代表的な問題点は以下の通りです。
・自分のわかる技術以外を排除することで、技術者としての幅の成長が止まる
・考えるという作業を自ら行わなくなり、相手の返答待ちになるため、技術者としての機能をしていない
前記の1点目について認識すべきなのは、「技術者としての成長は知的好奇心が無くなった時点で止まる」という事実です。
技術者が知的好奇心を失った行く先は、評論家しかありません。評論家にできるのは、その名の通り評論する、つまり口だけになるか、丸投げするしかなくなります。
また、前記2点目も深刻な問題です。「自分はこれが欲しいから提案して」というのは、「自らの存在を客とみなして技術者の生命線である考えることを辞め、相手の技術者に対する敬意を忘れている」という状況です。
自分が提案しなければならない側になればわかるかと思いますが、「提案して、考えて」と丸投げする技術者に対して、本気で提案したいと思うでしょうか。
「共同研究開発」と銘打っている以上、考えたり提案したするのは「お互いの義務」です。
これを忘れて丸投げしているような思考停止の技術者は、周りからその存在価値を疑われるようになります。「考えて、提案して」というだけであれば、誰でもできるからです。
自分たちに技術の提案をしてもらいたいのであれば、まず自らが相手に歩み寄る
結局のところ、共同研究開発におけるプロジェクトで技術者に求められるのは、「相手の技術者に対する敬意」です。敬意を示すのに最も重要なのは、「相手の持っている技術を理解しようと取り組み、自らのやりたいことの呼び水となる提案をする」ということです。
仮に門外漢であっても、理解しようという技術者の姿勢は、相手技術者に対して「自らの技術に興味を持ち、何とか形にしようとしている」という印象を与え、これが結果的に相手技術に対する「敬意」となります。
このような敬意をもって接する姿勢で、技術の習得と提案を重ねることで、「もし、そういう提案であれば、こういうのはどうか」という提案が相手からも出てくるようになります。結局は共同研究開発において両方の技術者がお互いに提案をしよう、というスタンスにならない限り、共同研究開発は機能しないのです。
いかがでしたでしょうか。今後、異業種協業は技術者にとって大変重要な要素になってきます。ただ忘れてはいけないのは、「相手技術者に対する敬意が不可欠である」という基本なのです。
会社規模や年齢、立場や専門性といった、わかりやすい肩書ではなく、人としての基本をきちんとできているのか、ということが技術者として新しい技術を生み出す土台となるのです。ご参考になれば幸いです。
【著者】
吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
FRP Consultant 株式会社
代表取締役社長
福井大学非常勤講師
FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
https://engineer-development.jp/