「戦争論」の著者のクラウゼヴィッツは戦争というものは机上で幾らシミュレーションしても現実の戦場に立てばまったく別物になると言う。戦場につきものの数々の困難が多発し偶然という現像を重なって思いも寄らない事が次々と起きるだと言う。そしてこの妨害的要素となる摩擦を緩和するには軍隊が戦争に慣熟するしかないと結論する。しかし慣れるにしても戦争が至る所にあるわけがない。
そこで平時に演習をする必要性を説いている。演習は実際の戦場とは比べものにはならないが演習の目的によっては良い経験になる。その演習とは技巧的な熟練を目的とする鍛錬ではなく、戦場で起る実際の妨害的要素の一部を実現して見せるのが目的だと言う。
更に戦場で数々の摩擦を経験してきた将校は心構えが十分できているから彼の下で演習をすれば偶然に起きる妨害的摩擦に出合っても混活はふせげると述べている。営業の現場でも営業につきものの様々な摩擦に出合う。
営業の場合に活動自体を平時と有事に分けて見る必要がある。平時つまり日常のルーチンの中にも様々な妨害的摩擦が派生する。納期遅延、品質クレーム、価格改訂、上司等からの突然の命令、自分のミス、客先のミス、営業ツールの故障等々の妨害的摩擦は至る所で発生する。
新人の販売員が先輩に「営業に慣れたか」と聞かれるのは色々な妨害的摩擦に出合って、一応の対処ができるようになったのかという意味が込められている。つまり平時の営業活動は販売員が担当顧客を持つことで様々な妨害的摩擦の訓練になる。毎日が訓練の場であるから偶然に起る妨害的摩擦への対処の仕方も長年営業活動していれば上手くなる。しかし日常のルーチンから派生する様々な問題処理が上手くなっても営業力があるとは言い難い。スポーツにたとえるなら練習試合には強いが本番にはまだまだと言えるのだ。
有事の営業活動とは新しい需要を掘り起こす活動になり。この活動は①商品の売り込み活動と②新規客先の開拓活動に分けられる。
①の時にも摩擦はある。例えば売り込み説明後の質問で「この商品はどのような背景で開発されたのか」と問われて適当に自分の考えで答えてしまい、更なる質問にバタバタしてしまい結局相手に見抜かれて印象を悪くするような事である。又商品の性質上、電気用語を混じえて技術者が問いかけてくる。商品に関する技術的用語は前もって勉強しているが電気の基礎に弱い販売員は相手の言いたい事や真意を捉えそこねて、売り込みのポイントがずれてしまうような事である。この類のやり取りは長年の間売り込みの現場にいたベテランの販売員が実際経験した様々な摩擦を想定して研修を実施すればいい。
②の新規開拓時に起きる妨害的摩擦は「不安だ」「嫌いだ」「怖い」と言うネガティブな感情と関係する。
この様な感情を司る脳の部位は二カ所あると言う。一カ所目は生きるために発達した脳の部位で本能的に瞬時に反応する感情である。
二カ所目は人間らしく物事を合理的に判断して反応する感情である。
新規開拓時の面談では不安になったり、嫌がられるのではないかという感情が先走って相手の反応を誤解する。そこであせりが出て本能的感情が必死で自己防衛する。口数が多くなるか、あるいは退散となってしまう。このネガティブな感情である不安を払拭することが妨害的摩擦への対処である。
不安を払拭するにはあいさつに類する会話が有効だ。これを出来るだけ長くやる。名刺を話題にすれば相手も話すから第二の感情の部位が仂く時間を稼いでくれる。名刺に限らず観察力から派生する話題も有効な事がわかってくる。