営業には二ツの基本的活動がある。
一ツは扱い商品を売るセリング活動である。もう一ツはマーケット情報を扱うマーケティング活動である。
19世紀に入りナポレオンが登場した。それまでの戦争はある一定の制限がかかった戦争であった。まだ司令官が全軍を把握できる軍の規模であったから司令官は収集した情報や各隊長の意見を聞いて決断を下した。仏革命によって王室の戦争から国民戦争になり軍の動員力は無制限に拡大した。その大軍を掌握した天才ナポレオンに対抗するためにドイツ帝国は戦略戦術の専門将校団を育成した。それが参謀制度の始まりだった。
以降戦う軍人と戦略戦術を練る軍人の組織に分れた。昭和時代の機器部品の販売員の営業活動は二ツの基本的活動であるセリングとマーケティングの両方であった。昭和の終盤から平成に入ると視野に入ってくるマーケット規模が拡大した。やがて拡大したマーケット競合は激しくなった。それまでは支店単位で活動し、支店長が各セクション長の意見や情報を基にして施策等の決心をしていたがマーケット規模や情報の質量の増大にともない企画室や事業室というマーケティング専門の組織ができた。その専門組織は徐々に力をつけてやがて販売部門から独立した。プロイセンドイツの参謀本部が戦争全体の戦略や戦術を独自に策定して国王に直接進言するポジションを獲得したようにマーケティング部門は営業の主要な戦略戦術を策定するようになった。
その結果現在の機器部品営業は戦闘能力である商品を売りまくる能力強化のみに力を注ぐようになった。したがって昭和の販売員が持っていた営業の二ツの基本的活動のうちマーケティングに類する活動は見られなくなった。これは会社にとって大きな損失となっている。確かに昭和時代とは違ってマーケット情報や競合情報は各種メディアやネットから容易に集められる。大量に集めた情報を分析する能力を身につけたマーケティング部門は現場の販売員情報を当てにしなくとも大局的に戦略や戦術を策定できる。現在会社の意見決定や商品開発に際してもマーケティング部の持つ情報は欠かせない。その一方マーケット現場にいる販売員の持つ情報は商談テーマ件数や内容そして競合の動きや売上の動向などが専らである。だから会社の重要な意思決定や将来を担うような商品の開発に関して販売員の比重は昭和時代に比べるとかなり低くなっている。
近年デジタル化の波が営業にも押し寄せて、リモート営業だ、コンタクトレス営業だという言葉が飛び交っている。営業に関わっている人は皆がそうした流れにとまどい、どうしたらいいのかと不安に思っている。その様な流れになり、とまどうのは営業からマーケティング能力をなくしてしまったこともその一因である。もち論デジタル時代に営業効率を上げるためにリモート営業を否定するものではない。情報技術の益々の発展に伴い営業のデジタル化やリモート営業が営業活動の一角を占めていくのは時代の趨勢である。
機器部品の販売員が営業スキルを高めて商品プレゼンや技術的な応答をする営業は感情の入り難い論理的な応酬であるからデジタル機器を介するリモート営業まで十分うまくいく。 それでも訪問対面営業を主力にやっていこうとするならリモート営業では置き換え難い営業スキルを高める必要がある。その重要な一ツがマーケティング能力を上げることなのだ。例えば商品開発に際しデジタル的アンケートに頼るよりは現場と連続的につきあっている販売員だから顧客が無意識に持っている情報を吸い上げて開発テーマにすることができるような能力である。