日本の製造業再起動(89)【提言】劣化列島日本/希望と勇気⑦ 50年前にタイムマシン『日本列島改造論』

『劣化列島日本』をテーマとした今年度シリーズ第7回目は、田中角栄氏の列島改造論を振り返り、当時の「新しい国造り戦略」を検証する。半世紀前の列島改造論を改めて見直すと、当時の活力と関係者の英知に驚愕する。今日とは雲泥の差である。50年の時の流れの中で、なぜ日本社会は誇りを失い、未来創造への自信を失ってしまったのか?これには様々な要因があるものの、主たる原因の一つに、「出羽守(ではのかみ)」の存在が挙げられる。「出羽守」とは欧米崇拝の代名詞である。日本人は一般的に、欧米社会を崇拝する傾向が強いが、『アメリカでは・・、ドイツでは・・』といった「欧米かぶれ」を言う。欧米の論理を鵜呑みにし、グローバル化の旗印のもとで欧米を崇拝するグローバル主義者「出羽守」によって日本全体が劣化した。

グローバル化への崇拝は、1985年プラザ合意以降の円高をキッカケに日本社会に蔓延した。バブル崩壊以降の日本社会では、大企業の大半が自分達の遺伝子への自信を失い、 グローバル化への変革を推進したが、結果としてグローバル化の敗者となり、国際社会でのプレゼンスを失ってしまった。 「出羽守」が闊歩する前(バブル崩壊以前)の日本は、欧米よりはるかに優れた文化とビジョンを持っていた。この歴史的証明が50年前の「列島改造論」である。「列島改造論」とは、中高年以降の年配者であれば記憶に強く残っているはずである。「列島改造論」は50年前の1972年に日刊工業新聞社より出版された一冊の本から始まった。著者は70%の支持率を誇った伝説的首相田中角栄氏であり、異例のベストセラーと して記録されている。出版当時の田中角栄氏は、通商産業省(現経済産業省)大臣であった。その後、首相に就任した田中角栄氏は、列島改造論を積極的に推進し『角栄流新しい国造り』と謳われ,当時の経済界は、列島改造論を成長の糧として飛躍的な成長を遂げた。地方を見据え「過疎と過密」同時解消の打ち手として新幹線・高速道も全国に広められ、日本を狂乱的な発展に導いた。

日刊工業新聞では、6月の記事に50年前の日本列島改造論の特集を組み、半世紀を経た今、様々な角度から列島改造論の検証をしている。日刊工業新聞のこの特集を読むと、田中角栄氏の政治的手腕のみならず、当時の通産省が発信した未来ビジョンが明確に見えてくる。欧米の受け売りではなく、日本人が日本の誇りを持って未来を見据えたビジョンに感銘を覚える。日刊工業新聞では列島改造論を次のように評価している。『戦後の繊維などの軽工業から鉄鋼や化学といった重化学工業への転換を主導してきた通産省が「3の矢」として放った知識集約型産業への転換を国家戦略に据えている。列島改造論の中では、強化すべき分野が具体的に提示されている。

電子計算機・航空機・産業ロボット・情報処理サービス・システムエンジニア・・、いずれも現在の日本経済を支えている産業群ばかり・・ 列島改造論で謳われた「新たな日本」ビジョンの先見性に改めて驚愕する』(抜粋)。また、田中角栄氏は列島改造論の最後に『敗戦の焼け跡から今日の日本を建設したお互いの汗と力、知恵と技術を結集すれば、大都市や産業が主人公ではなく、人間と太陽と緑が主人公となる「人間復権」の新しい時代を迎えることは決して不可能ではない』と結んでいる。国家戦略ビジョンの結びである。 列島改造論以降の日本では、列島改造論が中心軸となって、日本経済は大いに成長し、安全で豊かな日本が創造されたが、バブル崩壊以降の日本はグローバル主義を標榜し、国家 戦略すらも見失った。かつては世界を席巻した電子技術も、Web1・0、 Web2・0の時代の流れ に乗り遅れ、GAFAに取って代わり、日本の出る幕もない。

列島改造論から50年。今まさに50年前の日本を学ぶ時である。数十年に渡り日本経済を苦しめてきた円高が消滅し、円安時代がやってきたが、今の日本では依然として出羽守に支配され続けている。その一例が異常なまでのSDGsへの傾注である。SDGsのみで未来を創造できないことは明白であるが、欧米由来のSDGsが重要戦略に位置づけられている。極端なSDGsの推進が「劣化列島日本」の象徴として、日本経済の破滅を導く危険を多くの知識人が指摘している。経団連フォーラムにおいても、スタートアップ企業の大幅増加や原発再稼働などの脱炭素を取りまとめ、官邸への答申を行っているが、50年前の列島改造論と比較したら、その中身の重みは誰の目からも明らかである。出羽守の洗脳は強烈である。その一例として、今日SDGs旗印のもとで進められる太陽光発電は、森を切り倒し無機質なパネルを敷き詰める活動が正義とされる異 様な社会を生み出している。COを吸収する森を消滅させ、美しい自然を破壊し、ゴミと なる無機質パネルを埋め尽す今日の戦略を、50年後の人々はどう評価するのだろうか? 「人間と太陽と緑が主人公となる人間復権」は、50年前田中角栄氏の結びの言葉であるが、50年前の通産省はじめ、すべての関係者の英知と団結に感謝し、あらためて噛み締めたい言葉である。

◆高木俊郎(たかぎ・としお)

株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。

電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。

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