【製造業・世界と戦う担い手づくり エキスパート待望 (72)】自社技術がじり貧となる危機打破に必要な技術者育成

技術者を抱える企業にとって、自社技術というのはノウハウの固まりであり最上位に位置する機密情報の一つでもあります。
市場ニーズに応える応用技術の開発や、新しい価値を生み出す基礎技術研究等を行うため、社内での継続的な技術議論はもちろん、学会への参加や技術専門誌の購読による情報収集、そして顧客へのヒアリングや競合他社の製品分析など、様々な取り組みを行っていると思います。
そしてこのような取り組みで行われる技術は機密に該当するため、社内の限られた人物のみでの共有となることが徹底され、水面下で開発が進められていくのが一般的です。
業界を問わず、今でも多くの企業において上記のような状況に顕著な違いは無いと考えます。しかし、色々な意味で状況が変化しつつあるのが昨今の技術者を取り巻く環境といえます。

自社技術に対する徹底した機密主義は分業依存の時代でのみ機能

技術系企業において、自社技術の鍛錬と探求による向上は言ってしまえば当たり前のことです。それはどんな時代でも不変の考え方であり、すべての基礎になっています。しかし、近年大きく変化しつつある状況があるのも事実です。
それが、「分業だけでなく、協業という形で新しい技術を生み出す」という流れです。一見すると全く関係のない技術を組み合わせることで、新しい技術を創出するというのがその一例です。
当社代表のコラムが不定期掲載される、オートメーション新聞(2021年10月20日号)でも以下のような記事が取り上げられていました。※ 三菱電機、技術資産ウェブ公開 社外との「共創」積極推進(https://www.automation-news.jp/2021/10/59007/
これは知的財産を一つの軸として技術情報を発信することで、協業することにその狙いがあるのは明白です。以下でこの情報を実際に見ることができます。※ 三菱電機 オープンテクノロジーバンク専用サイト(https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/otb/index.html
これは自社技術を抱え込もうという考えだけでは自社技術が結局埋もれてしまい、「活用されずに塩漬けになる」という強い危機感がその背景の一つにあると考えられます。
塩漬けになる技術は何も生み出さず、投資回収できない負の遺産となり得ます。どんないい技術も、結局のところ活用されなくてはその存在意義が認められないのです。

技術者に求められる技術発信力は技術報告書の作成による基礎鍛錬が出発点

既に述べた通り、従来の分業という業務形態に依存した自社技術の機密化だけでは、なかなか自社技術のじり貧を食い止めるのは難しいのが実情です。そして、この機密化と対極にあるのが、「技術情報発信力」です。
今の技術者に求められるのはここといえます。技術者は自らの興味のある技術テーマに取り組むことに対しては、恐らく言わなくても自主的に推進するでしょう。これは、高専や大学、大学院で研究という経験を教育の一環として経ているため自然の事です。
しかし、「取り組んだ技術をわかりやすく情報発信する」というフェーズになったとたん、しり込みする技術者が殆どです。課題としてレポートを書く、試験を受けるということに対しては違和感はないのですが、技術情報発信となったとたんに思考が止まります。
何故か。それは、「専門用語をできる限り使わず、誰にでもわかる表現を使う」ということが難しいからです。専門用語を多用して、専門性が高いという振る舞いを正義として考えてきた技術者にとって、
自社技術に対する基本知識も無いような相手に対して、わかりやすく説明するというのは言うほど簡単ではないのです。技術報告書を書くのが苦手な技術者が山のようにいる現状が、上記を裏付けているという考えもできます。
何故ならば、「技術報告書では読み手にわかるような活字で表現する」ということが強く求められるからです。実際に実験を行った技術者、またはそれを管理しているマネジメントでないと理解できない技術報告書は、技術報告書というよりもメモの位置づけになってしまいます。
内容が難解な技術報告書は読まれる確率が低下し、技術の伝承と基礎技術の底上げという役割を果たせないのです。よって、技術者育成という観点ではまず技術者には技術報告書をある程度かけるようにする、ということが技術情報発信の基礎力醸成には不可欠といえます。

技術情報発信での最重要なのはどのような課題を解決できるかと自社技術の課題の明文化

技術報告書の作成を通じた論理的思考力の醸成がある程度できてきた段階で、技術者育成という切り口から技術情報発信力に関連して鍛錬すべきは、「自社技術でどのような課題を解決できるのか、そして現段階での自社技術の課題は何か」ということの明文化です。
技術情報発信において、自社技術の強みやメリットだけを羅列するケースも認められますが、冒頭で述べたような「協業」をする可能性のある企業が求めるのは、「どのような課題であれば解決できるのか、そして今どのような課題を抱えているのか」という観点です。
つまり、自慢話は求めていないのです。様々な課題解決の実績、または課題解決できる可能性と現段階での自社技術の抱える課題に対する言及こそが、協業を狙った技術情報発信のポイントです。よって、常日頃から「自社技術でどのような課題を解決できるか、また解決してきたか」
そして、「自社技術の課題は何か、それを解決できるとどのような展望が開けるのか」ということを振り返ることが求められます。「自社技術のじり貧」というのは技術者だけでなく、企業経営者の危機感を強くあおる言葉の一つです。
このような言葉に対して必要以上に不安を覚えると、DX、AI、クラウドといったトレンドの言葉に飛びついて導入したものの、今まで培ってきた技術との相溶性の低さから、結果としてじり貧を加速させるという皮肉な結果にもなりかねません。
先の見えない時代に求められるのは、「今まで培ってきた技術の本質は何なのか」という視点です。そのためには技術報告書のような自社技術を客観的に見つめる媒体とその蓄積は不可欠です。
そして、じり貧を回避するにはその上で、「どのような課題を解決できるのか」そして、「今の自社技術の課題は何で、それを解決するとどのような未来が待っているのか」
という、相手を引き込む動機付けに関する情報の開示が有効です。自社のさらなる成長に向けた戦略検討の一助としていただければ幸いです。

【著者】

吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
 FRP Consultant 株式会社
 代表取締役社長
 福井大学非常勤講師

FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
https://engineer-development.jp/

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