【産業用ロボットを巡る 光と影(44)】さまざまなリスクをヘッジすることが重要 良いソフトやSIerと出会えたことで油断するな

筆者は過去に、良いソフト/SIerと出会うことの重要性を何度か述べてきたが、今回は「たとえこの2つに出会えても、リスクがあること」を述べたい。

ロボット担当者の、急な長期休養

先日、「(当社が販売しているティーチングソフト)RobotWorksを3年前に導入した顧客」から連絡が入った。その連絡をくれたのが「ロボット担当者」ではなく、その上司であった。この上司から連絡がくることは珍しく、聞けば「富士ロボットさんに育ててもらったロボットの担当者が急な長期休養となった」「休養の期間は、少なくとも2,3か月で先が見えないため、今後は私が担当します」「私は0から始めますが、サポートお願いします」とのことだった。筆者の想像だが、恐らくはロボット担当者が、精神的な病で会社に来れなくなり、上司がロボットを動かすことになったのであろう。最近は、似た事案を良く耳にする。

このような場合、通常は「引き継ぎ」をするだけなので、何の問題もない。しかし、この企業はそれができなかった。なぜなら、ロボット担当者が (ロボットプログラムの作成方法の)資料をまったく残さずに急に会社に来なくなったからだ。当社の顧客の殆どは、もしもの時のために資料を作成して、別の人がすぐに対応できるようにしているが、この企業はまったくやっていなかった。よって、当社は解決策として「まずはもう一度、富士ロボットの2日間の教育を受けてください」と提案したが50年以上続く大手企業のしがらみなのか「同じ内容で発注するのは、なかなか難しい」とのことだ。これが中小企業であれば社長の鶴の声ですぐに「もう一度、教育を依頼しよう」となると思うが、この企業では取締役レベルの人からの OK をもらわないといけないし、もらえるにしてもかなりの時間を要する。日本の大企業ではよくあるパターンだ。

したがって、この上司は(当社に質問をしながら)学習しているのだが、自力の限界なのか1ヶ月経ってもロボットをまともに稼働できる状況ではない。たまにロボットの素人が「富士ロボットが、取扱説明書やチュートリアルを用意して、それを顧客に渡せば解決するのでは?」と言われるが、それはロボットとソフトを噛み合わせることを軽く見ている。確かに当社は、チュートリアルなどを用意しているが、それだけでは基本中の基本を学べるだけだ。よって、当社は「2日間の教育」で、各企業の「ロボットやその周辺の環境に合わせた教育」を行い、「望まれるパフォーマンスをだすこと」を目指している。そして、その教育内容は各企業で似て非なる内容になる。例えば、バリ取りの企業が2社あれば、ロボット/ワーク/バリ取りの方法などが違うので、「教育」や「伝授するノウハウ」をその企業に合わせた内容にしている。そうしなければ、「うまく加工」することも「工数の短縮」もかなわないのだ。

ロボットのプロとのやり取りを資料にまとめる

ではこの企業はどうすれば良かったのか?まず、富士ロボットとの2日間の教育で学んだことを資料にまとめること。しかし、それだけではまったく足りない。なぜなら、当社の教育後から数か月間この担当者は現場でしか分からない様々な問題を当社に相談し、当社から様々なノウハウを伝授された。それら現場向きの「ノウハウ」も資料にまとめておくべきだった。例を1つあげると、ロボットの実際の動きがティーチングポイントよりも(ショートカットなどが原因で)かなりズレが起きた場合、バリ取りの速度を落とさずにどうすればよいか、である。

実績あるSIerでも起きるリスク

もうひとつのリスクを挙げたい。あまり知られていないが、実はSIerには、「大手企業向け」「中小企業向け」の2種類がある。簡単に説明すると、大手向けSIerは、SIer自体も大手の場合が多く、そのロボットシステムは、センサーなどの安全装置が複数組み込まれている。中小向けSIerのロボットシステムは、安全装置などはほとんど組み込まれていない。このことを念頭において、SIerと付き合わないと痛手を負うことになる。なお、大手企業は法律に柔順であるといえるが、実は最近は法律が変わり「産業用ロボットには(安全装置)〇○が必須」という表記が「安全を確保すること」というあいまいな表現に変化している。

実は、当社の顧客がこのことに認識できず、痛手を負った。この顧客は、当社のアドバイス通りに「当社のソフト」と「実績のあるSIer」を選択したので、ロボット初めてにもかかわらず、バリ取りのロボット化という難題をあっさり成功できたが、1つ落とし穴があった。SIerに発注する前、この企業は当社のアドバイスの通り(この記事で何度も指摘しているが)「サンプルのワーク」をSIerに送り「実機テスト」を依頼した。テスト結果は上々で、納得できるバリ取りの出来だったため、顧客はSIerに発注した。ところが、SIerが設計したロボットシステムは、あくまで「サンプル」だったはずのワークと「ほぼ同一のワーク」でないと、安全装置がOKを出さない(つまりロボットが稼働しない)ように設計してしまった。しかも、この問題に顧客が気が付いたのは、すでに納品後であったため、あとでSIerの技術者を呼んで、分解して安全装置を回りに汎用性を持たせることはできなかった。よって、少量多品種をバリ取りしたい顧客にとっては、一部のワークしかロボット化できない結果になってしまった。このSIerの行動は、当社は予想できなかったとはいえ、当社のアドバイス不足がこの件を招いたことは間違いないので、筆者はこの顧客の社長にお詫びしたが、この社長は「いい勉強になった。2台目からは、少量多品種でも問題ないようにSIerに依頼します」「富士ロボットさんは、ロボットのイロハもしらない私たちを、ロボット化の成功まで引き上げてもらってとても感謝してます」と言ってもらい、筆者は感涙を抑えるのが大変であった。

さて、この問題は中小企業が「大手向きのSIer」に依頼した時に起きるリスクの一つなので、忘れないでほしい。まとめると、「良いソフト」と「実績あるSIer」に出会えたといって、安心しないでほしい。存在するリスクをうまくヘッジできれば、ロボット化の成功に大きく近づくだろう。

◆山下夏樹(やましたなつき)

富士ロボット株式会社(http://www.fuji-robot.com/)代表取締役。

福井県のロボット導入促進や生産効率化を図る「ふくいロボットテクニカルセンター」顧問。1973年生まれ。サーボモータ6つを使って1からロボットを作成した経歴を持つ。多くの企業にて、自社のソフトで産業用ロボットのティーチング工数を1/10にするなどの生産効率UPや、コンサルタントでも現場の問題を解決してきた実績を持つ、産業用ロボットの導入のプロ。コンサルタントは「無償相談から」の窓口を設けている。

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