時代とともに進化を続けてきた制御盤。自動化・デジタル化の拡大、人手不足、国際競争の激化など、制御盤と機械産業を取り巻く環境の変化にともなって次の進化のタイミングがもう目の前にやってきています。
産業用コネクタのイルメジャパン、電気設計CADのEPLAN、盤用ボックスのリタール、電線・ケーブルの金子コード、制御盤メーカーのマグトロニクス、システムインテグレータのマナ・デザインワークスの制御盤関連7社は、新時代の制御盤のモデルとなるモジュラー制御システムの研究開発と普及促進を目的とした「モジュラー制御システム開発アライアンス」を設立。制御盤業界の未来に向けた生産性向上と高付加価値化の実現に向けて活動しています。
モジュラー制御システムとはどんなもので、なぜこうした取り組みが必要なのか?日本の製造業が現在置かれている立場と制御盤業界の未来も含め、アライアンス幹事企業を務めるイルメジャパン村上将代表取締役社長に聞きました。
低成長が続く日本の製造業 国内重視で海外対応に遅れ
ーー日本の製造業、FA業界の現状について、どのように見ていますか?
村上社長 コロナ禍によるサプライチェーンの混乱や部材不足などもあって難しい時期はありましたが、人手不足の解消に向けた自動化需要や生産性向上のためのDXに対する設備投資は底堅く、各企業の業績も悪くないと思います。しかしながら、そこばかりに注目していると落とし穴にはまってしまうと危惧しています。
国内も確かに成長していますが、他国はそれ以上に高い伸び率で成長しています。相対的に見れば、世界における日本の地位、存在感は薄くなり続けていて、じわじわと日本の産業を追い込んできています。
ーー世界との差が縮まっているということですね
国内市場も依然として大きいとは言え、海外市場の伸び、急成長には敵いません。この他国の成長に対して日本企業が入り込んでビジネスを拡大できていれば良いのですが、そうなっていません。特に中小企業は国内中心で、海外対応が遅れていることは大きな問題です。
以前私が勤めていたセンサメーカーは、2005年時点での海外売上比率は30%程度でしたが、いまでは60%に達しています。成長市場を見極め、そこに入り込むことによって好業績を上げ続けています。伸びている企業の利益の源泉は、やはり海外売上であり、そこに食い込むことが不可欠なのです。
市場構造は大きく変化 強みを見失いつつある日本の製造業
ーー海外市場への対応はなかなか進んでいません
日本は言語の違いという壁があり、難しさがあるのは確かです。しかしそれ以上に、世界に対抗していく戦略が立てられていないことが大きいと思います。
かつては、欧米の製品が市場の頂点付近のハイエンド、日本がそれに準じる山腹から裾野までのミドルレンジ、ローエンドを抑え、中国はさらに下の、大量生産で安く品質も低い領域にとどまっているという構図でした。それが今は、市場のパイが大きくなり、中国がローエンドからミドルレンジのボリュームゾーンに拡大し、さらに上を目指そうとしています。
その中でハイエンドにおける価値がモノからコトに移っていく中で、アメリカはプラットフォーム・AI技術で、ヨーロッパはインダストリー4.0などの戦略で対抗していますが、日本はそれができていません。
デジタル化以前の1990年代までの製造業は、生産性と品質が人に依存し、作業者の質が競争力となっていました。日本が強かったのはまさに現場の作業者の質の良さにあり、大量生産でも高品質の製品を作ることで世界を席巻しました。しかし、デジタル化や自動化の進展、より大規模な生産システムになって優位性が少しずつ失われてきました。日本がこの先どうするか、それを真剣に考えないといけません。
壊れない日本の機械 品質の作り込みは世界ナンバーワン
ーー日本の製造業の強みはどこにあり、何を伸ばしていけば良いのでしょうか?
日本製品の品質の良さは、いまも世界トップクラスです。特に生産財、機械産業は際立っていて、工作機械や半導体製造装置、産業用ロボットなどの海外売上比率が高く、世界で高いシェアを取れているのはそれが理由だと思います。
ある世界的なエンジニアリング会社に言わせると、日本の装置は中国や韓国のものに比べると壊れず、生涯稼働率が非常に高く、故障が少ないので機械の停止によるムダな時間が減り、ユーザーからの評価も高いと言います。スペック上の数字など表面に現れるところではありませんが、目に見えないところの品質の作り込みは、昔から変わらない強みだと思います。もちろん制御盤の品質の高さもそこに一役買っています。
日本が今やらなければならないことは、人手不足のなかでも高品質・高信頼性を損なうことなく、今まで通りのものづくりを継続し、質の良い製品を提供することです。そのためには生産性を高めなければなりません。それと合わせて、イノベーションを通じて付加価値を高め、次の収益源を作っていくことだと思います。
協調領域の標準化で非効率をなくせ 強みに集中する時間を確保
ーー生産性を高めるにはどうすれば良いのでしょう?
ポイントとなるのが「標準化」です。メーカーや企業間の枠を超えて、協調できる範囲では標準を決めて、その利用を推進することで多くのムダを省くことができます。
例えば、自動車メーカーでは自社工場で使う設備について、仕様・定格に加えて、コネクタをはじめ、あらゆる部品や部材に対し、使っても良いメーカーと製品をあらかじめ選定した標準書を用意して発注をかけています。こうすることで装置を作る側は選定の手間が省け、より作り込みに時間を割け、納期も短くすることができます。また、使うものが決まっているので在庫調整や組立に使う工具の確保などもしやすく、受発注の両方にとってもメリットのある仕組みとして長年運用されています。
しかし自動車メーカーが違えばまた別の標準書があります。そのため装置メーカーは、発注者ごとの標準書に則って製品選定から部材の調達などを別々にやらなければならず、結局のところ非効率が発生しています。
こうした標準書が、自動車や電子機器など同じ業界内やある程度のまとまりで共通化されていたらどうでしょうか?推奨品や指定品が絞り込まれていれば、装置メーカーは選定の手間が省けて効率的です。現在のようなサプライチェーンの混乱時にも、代替品や置き換えも容易になり、納期遅れなども回避しやすくなります。
重要な部材や部品であればそれは企業機密の競争領域としてブラックボックス化しても良いと思います。そうでない部分の汎用品は、協調領域として標準化して効率的に運用できるようにする。こうすることで多くの非効率が減らせるようになります。
設計・製造・メンテの非効率をなくす制御盤のモジュラー化とインターフェースの標準化
ーー制御盤における標準化の取り組みを教えてください
当社は産業用コネクタメーカーとして、産業機器や装置向けを中心に産業用コネクタを販売するかたわら、2021年12月に、制御盤関連の有志5社(イルメジャパン、EPLAN Software & Services、リタール、金子コード、マグトロ二クス)で「モジュラー制御システム開発アライアンス」を設立しました。現在では、マナ・デザインワークスを加えた7社で、制御盤の設計・製造・メンテナンスにかかる作業を効率化することを目的に、モジュラー化した制御盤(モジュラー制御システム)とその技術の研究開発と普及に向けた活動を行っています。
以前から制御システムをモジュラー化する概念はありましたが、このアライアンスでは協調領域と競争領域を区別して、制御盤メーカーと装置メーカー、ユーザーの関連する人すべてがメリットを享受できる仕組みを目指すモジュラー化となります。そのために着目したのが「インターフェース技術の標準化」で、動力と制御、通信を一体化する接続技術を開発し、制御システム各要素の自由な接続を実現しています。
ーー制御盤のモジュラー化は具体的にどんなものですか?
パソコンのUSB接続をイメージすると理解しやすいと思います。USBという標準化された接続規格があり、パソコンと周辺機器をUSBコネクタで接続するだけでスムーズに機器間が連携して動くようになります。
現在の制御盤は1つの大きな箱の内部で電源と制御の各部品が接続されていますが、モジュラー制御システムは、電源と制御の機能ごとに小さな箱におさめて1つのモジュールとし、必要なモジュールをコネクタケーブルで接続することで制御盤として機能するものです。モジュールには電源やPLC、I/O、インバータ、サーボ、リレーなどがあります。
これにより制御盤は必要なモジュールを選んで接続するだけで完成し、制御盤メーカーにとっては設計・製造が効率的にできるようになります。故障やトラブルの際もモジュールを交換するだけなので、誰でも簡単に制御盤を組み立て、メンテナンスでき、人手不足や技術承継の問題を解決できます。
ーー御社の製品はどのあたりに使われているのですか?
当社の産業用角型コネクタ「AXYR(アクシア)シリーズ」が、モジュール間接続のコネクタとして使われています。
AXYRシリーズは角形コネクタでPush-in接続方式を採用し、圧着タイプと同一のデザインでオス・メスを組合せて使用することができます。用途に合わせて圧着タイプとPush-in接続で結線方式が選択でき、ハーネスメーカーが組み立てる機械側配線は圧着式にして量産と引張に対する高い信頼性を確保しながら、制御盤メーカーが組み立てるパネル側配線はPush-inにして端子台への配線と同等の作業をできるようにし、機械と制御盤のお互いの領域で効率的な作業が可能になります。また、特殊工具がいらず、メンテナンス性もアップすることが可能です。
小型化、拡張性向上など装置の高付加価値化にも貢献
ーーコネクタ接続でモジュラーを簡単に接続でき、機能拡張や交換などができるイメージですね。他にもメリットはあるのでしょうか。
装置メーカーにとっても、自社製品の付加価値向上、イノベーションにつながる技術として高評価をいただいています。
工作機械をはじめ各種製造装置、産業機械の価値もモノからコトに変化しており、装置単体の性能から、周辺機器やオプションも含めたシステムとしての付加価値をいかに提供できるかに移っています。いわゆるハードからソフト・サービスへのシフトであり、ユーザーの多様なニーズにフレキシブルに対応することが求められています。
装置の制御盤をモジュラー制御システムにすることで、装置の小型化や設計の自由度が高まることに加え、これが普及すれば搬送装置やロボットなど周辺機器・設備の制御盤と接続・連携しやすくなります。装置メーカーは、拡張性があり、生産性が高く、付加価値も高い装置を作りやすくなり、海外の競合メーカーとの差別化にもなります。
また制御盤メーカーにとっても、モジュラー制御システムの技術を導入することで、装置メーカーのイノベーションに追従して支援する立場を強化できます。彼らとの関係を強化し、間接的に海外売上を増やすことにつながります。
2022年のIIFESやSEMICONジャパンでデモ機を展示して紹介したほか、装置メーカー各社への提案も進めており、これまでのところ反応は上々で、問い合わせも多くいただいています。
日本の制御盤、機械産業の拡大を目指してオープンに大同団結
ーーモジュラー制御システムの今後の展開や目指すところなど教えてください。
パソコンは、USB規格でさまざまな外部機器と簡単につなげられるようになってさらに便利さを増しました。それと同時に新たなプレイヤーがパソコン周辺機器に参入して次々と新しい製品・サービスを生み出しました。USBという接続に関する標準規格によってパソコン自体の市場が拡大し、さらにパソコン周辺機器という新しい市場もできたのです。
工作機械や産業機械でも似たような波を起こせると思っています。モジュラー制御システムのコア技術となっている接続技術によってあらゆる機械が簡単につながるようになれば、制御盤はもちろん、工作機械や産業機械のカスタム性が増し、それ自身の高付加価値化ができると同時に、周辺機器も盛り上がっていくことが期待できます。
このカスタムや作り込みの領域はすりあわせで製品を改良していくものであり、日本が得意とするところ。装置メーカーも巻き込んで、日本発で制御盤同士、機械同士の接続技術を確立・普及させ、機械と制御盤を高付加価値化ができれば、日本のFA業界、制御盤業界の競争力は高まり、大きなメリットになります。
課題は、いかに協調領域をつくっていくか?ということに尽きると思います。各社の立場や利益に基づく個別最適化ではなく、業界全体をいかに最適化していくかということです。
そのため、我々は昨年9月に「一般社団法人 先端制御システム研究会」を設立しました。標準化された仕様を業界全体で共有・開発してくことで、制御盤の付加価値を高め、FAや機械業界の発展を後押しし、それによって制御盤市場の拡大を目的として活動をスタートしています。今の限られたパイをメーカー間で奪い合うのではなく、制御盤業界を挙げて制御盤市場を広げ、その上で競争する環境構築を目指しています。そのためオープンな団体とし、他の盤用部品メーカーや制御盤メーカーなどにも参加を促し、日本の制御盤業界全体のムーブメントとして底上げを図っていきたいと考えています。
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