HMSインダストリアルネットワークスが毎年調査し発表している「産業用ネットワーク市場シェア動向」は、現在、世界ではどの産業用ネットワークが需要があり、採用されているのかという市場トレンドを知る上でとても効果的な参考資料となっている。企業分類上、同社はいちネットワーク機器メーカーに過ぎないが、なぜ産業用ネットワークの世界シェアを正確に把握し公表できるのか?その答えは、同社が産業用ネットワークに欠かせない基幹部品の供給元という重要な位置を占めていることにある。HMSインダストリアルネットワークスとは一体どのような企業なのか?同社の取り組みと産業用ネットワークのトレンドについてAPAC兼日本代表取締役のハンス=ヨアヒム・ゾンマー氏に聞いた。
Anybus・Ewon・Intesis・Ixxat、4つのブランドを持つ産業用ネットワーク専門企業
ーー御社について教えてください
当社は1987年創業のスウェーデンに本社を構える産業用ネットワークの専門企業です。社名のHMSは「Hardware Meets Software」の頭文字をとったもので、あらゆる産業用機器をつなげ、お客様がそこから得た情報やデータを活用して生産性を上げるサポートをすることをミッションとしています。
産業用ネットワーク機器の「Anybus(エニバス)」、IoT・リモートアクセス用ゲートウェイの「Ewon(イーウォン)」、ビルオートメーションを対象とする「Intesis(インテシス)」、CAN通信の「Ixxat(イクザット)」の4つのブランドがあり、製品として産業用ネットワーク用の半導体チップからモジュール、通信機器、ソフトウェアをラインナップしています。ファクトリーオートメーション(FA)、プロセスオートメーション(PA)、ビルオートメーション(BA)、自動車産業と、あらゆる産業分野に対してビジネスを展開しています。
グローバルでは18カ国に支店があり、780人の従業員が働いています。代理店を通じて50カ国で販売しており、2022年度の売上高は約350億円。これを2025年度までに400億円まで伸ばすことを目標としています。
産業用ネットワーク用の半導体チップやモジュール、通信機器を展開
ーーはじめから通信・ネットワーク機器メーカーだったのですか?
1980年代後半にスウェーデンのハルムスタッド大学の学生だった創業者で現CEOのStaffan Dahlströmが紙の厚さを測るセンサを開発したところからスタートしました。はじめはセンサを販売していたのですが、次第に納入先から「センサだけでなくネットワークの接続まで含めた製品が欲しい」という要望が増え、仕方なくPROFIBUSやModbusなど各ネットワークモジュールを開発してセンサとセットで販売したところ、センサよりもネットワークモジュールの方が評判になり、そこから事業を本格的にネットワークへとシフトしました。これが主力ブランドであるAnybusのはじまりです。
Anybusは、産業用ネットワークのコアとなるコントロール領域、機器や設備に組み込んでネットワーク機能を付加する半導体チップや基板、モジュール製品の「Compact Com」を中心に、無線機器やゲートウェイを取り揃えています。1995年に発売を開始してすぐにGM社の工場に導入され、各フィールドバス間が激しい争いを繰り広げるなかで、それを支える基幹部品として広く採用され今に至ります。
そこから2013年に自動車産業向けにCAN通信のIxxat、2016年にIoT・リモートアクセスのEwon、BA機器のIntesisを買収し、ビジネス領域を広げています。
PLCやコントローラ、産業機械メーカーの通信機能を支える黒子
ーー産業用ネットワーク対応製品に欠かせない部品を提供しているということですね
PLCをはじめとするコントロール機器や産業機械・設備メーカーがメインのお客様で、当社のネットワーク用半導体チップや基板、モジュール、機器を標準品として自社製品に採用し、世界中に出荷しています。
工場やビル等でネットワークを構築する際に当社の機器を採用するエンドユーザーのお客様もいますが、出荷数と売上規模で言えば前者の方が圧倒的に大きく、分野別の売上構成比率では、FA業界向けのネットワーク分野が7割、IT・情報分野が2割、Intesisのビル向けが1割となっています。
国別ではドイツがトップで、2位がアメリカ、日本は3位。主要なコントロール機器メーカーや産業機械、設備メーカーの数が多い地域が売上上位を占めています。中国は、現時点では欧米や日本のFA機器や機械、ロボットを使うことが多く、当社製品が実際に稼働している場所としてはトップクラスです。しかし中国ローカルのコントロール機器メーカーの成長は著しく、近い将来、売上上位に上がってくると思います。
それに対して日本は、制御機器、産業機械メーカーの数が多く、当社にとって重要なマーケットです。2003年頃から国内販売をはじめ、2007年に日本法人を設立し、現在はFAや半導体商社を中心に22社のシステムパートナーを通じて製品を展開しています。
業界内外から大好評 毎年公開しているレポート「産業用ネットワークシェア動向」
ーーなるほど。主要各社の産業用ネットワーク対応機器には御社の製品や技術が搭載されていて世界に広がっている。その生産出荷状況をもとに調査してまとめているのが「産業用ネットワークシェア動向」ということですね
その通りです。グローバルの主要なPLCやコントローラ、制御機器メーカーや産業機械メーカーは当社のお客様であり、それぞれの産業用ネットワークに合わせた製品を供給しており、そのデータを分析すればシェアは導き出されます。「産業用ネットワークシェア動向」は、特にPLCと接続されるコントロール層に関する部分について調べたレポートになります。
産業用ネットワークの注目トレンドはOPC-UA、MQTTなど
ーー産業用ネットワーク市場がとても活況です。それをどう見ていますか?
まず産業用ネットワーク市場の成長を支える5つの大きなトレンドがあります。製造業に限らずあらゆる世界がデジタル化している「デジタリゼーション」、インダストリー4.0をはじめ、工場でロボットや自動化が進む「スマートマニュファクチャリング」、24時間365日どこからでも機械にアクセスして管理する「リモートアクセス」、カーボンニュートラルに向けた省エネのための「サステナビリティ」、そして「セキュリティ」。これらを背景に産業用ネットワーク市場は成長を続け、2030年までに年間8〜10%の成長率で伸びていくと言われています。
ーー注目しているトレンドは?
産業用ネットワークのなかでも産業Ethernetは年間10%で伸びていて、フィールドバスから産業Ethernetへのシフトが続いています。今後もこれは続くでしょう。
また特にいま注目しているのが、OPC-UAやMQTTといった情報系のネットワークの動向です。これまではPLCのいるコントローラ層のネットワークに目が向いていましたが、デジタル化が進むなかで現場の情報・インフォメーションの取り扱いや上位システムとの連携に対するニーズが大きくなってきてOPC-UAの存在感が年々増しています。特にヨーロッパでは利用が広がっています。現場にあるPLCとパソコン、オンプレのサーバーはOPC-UAでの接続が増えてきており産業用ネットワークの一部として使われだしてきています。日本でももっと利用範囲が広がっていくでしょう。現時点では「産業用ネットワークシェア動向」にOPC-UAの項目は「その他」に含まれていますが、数年後にはシェアが拡大して単独の項目として出てくるかもしれません。
FAを中心に、新たにIoTやBA、エネルギー分野への提案を強化
― ―これからの御社の取り組みは?
いままで一番大きなFAのビジネスを維持しながら、その周辺のビジネスを拡大していきます。
FAを中心とする産業オートメーションのコントロール領域は、当社の売上の7割を占める領域であり、今後7〜9%の伸びが期待されています。これまで通りAnybus製品を提供していくことに加え、ネットワークの稼働状態やセキュリティをモニタリングし診断もできるAnybus Diagnosticsの提案を強化していきます。ワイヤレス機器にも期待しています。
情報やデータを取り扱うインフォメーション領域は、今後14-17%と高い成長率で伸びていくと予想しています。EwonのIoT、リモートアクセス製品は、米国のオートメーションの専門誌「Control Design」が毎年実施しているお気に入りのサプライヤーのユーザー投票で、リモートアクセス機器部門で8年連続ナンバーワンを受賞するなど高く評価されています。日本でもさらにIoT分野やOPC-UAなど産業用ネットワークに近い部分を広げていきたいと考えています。
ビルオートメーションは、サステナビリティやデジタリゼーションを背景に8-10%の伸びが見込まれています。日本ではBAブランドであるIntesisはこれからで、FAに続く2本目の事業の柱として力を入れていきます。
また再生可能エネルギーを中心とするニューエネルギーにもフォーカスを当てていきます。
ーーFA・オートメーションの技術が屋外や他の産業でも広がっています。御社にとってもチャンスですね。
FA機器メーカーの製品が他の産業や分野にも広がれば、それにともなって産業用ネットワークの利用も拡大していきます。こうなるとFA機器メーカー以外のプレイヤーも産業用ネットワークに対応する必要が出てきます。早く製品を開発して市場に投入したいと考えた時、当社の製品を使えば産業用ネットワーク対応に多くの時間を費やす必要が無く、自分たちのやりたい機能に集中でき、リードタイムも短くなります。
当社は「Get Connected and Stay Connected」をキャッチフレーズとし、何でもつながり、つないだ後も安心して接続し続けられるという世界をお客様に提供しています。通信に困った時、悩んだ時にはぜひHMSにお気軽にご相談ください。