日本の大手制御機器メーカーに海外製品のOEM(相手先ブランド製造)供給の仲介を頼まれたことがある。そのメーカーでは扱っていない製品であり、同社にとって製品ラインナップの充実につながることから早速検討してくれることになった。その製品の今後の販売見込み計画と同時に、製品本体の社内試験が始まった。そのメーカーが社内で定める基準にスペック(仕様)が適応しているかを調べるのである。数カ月かけて試験した結果、そのメーカーはOEM販売を見送った。販売見込み計画の可否以前に、スペックが社内基準を達成できなかったからだ。すでに海外では市販されている製品であったが、そのメーカーが求めるスペックには届かなかったようだ。産業用機器は20年、30年といった長期間にわたって使用されることが多く、制御機器メーカーとして安心してそれに耐え得る製品を供給していくことが企業としての社会的責任と自覚していたのだろう。
2年ほど前に大手メーカーの産業機器の品質不正問題がクローズアップされた。製品検査の一部を省略したり、検査データを偽造して出荷していたことが公になったのだ。しかもかなり前から常態化していたことが明らかになり、製品の規格認定取り消しなど大きな問題になった。
このところ原材料価格の高騰や原材料・部品の入手難、人手不足と人件費の上昇など、製造業を取り巻く環境は厳しさを増している。為替の円安で輸出の多い企業は利益拡大につながるが、輸入や国内販売中心の企業にとっては逆風で利益を圧迫する傾向が強まっている。コスト上昇分の価格転嫁も比較的理解は得られているとはいえ、販売競争の激しい製品では容易には進まず苦戦しているところも多い。
こうした流れは当然、製品開発の現場にも影響を及ぼしてくる。新製品開発では、新機能を盛り込んで従来製品とは異なったステージの製品として提案していくことで、既存品との競合を避ける方法、従来製品を改良することで同じステージの製品ながら、使いやすくなったことを強調する方法などがある。前者は比較する製品がないだけに独自の提案活動が展開でき、比較的やりやすい。後者は比較する製品との優位性をアピールする必要が出てくる。小型・軽量化、規格への対応、価格の維持(値上しない)、などを強調した展開になる。ここで注意が必要なのは後者製品の新しくなった内容の分析だ。例えば価格の維持は、量産効果からなのか、材料や設計の変更からなのか、また小型・軽量化では、これによって仕様にマイナスの影響や変化を与えていないのか、などである。よくある事例では、精度や速度が向上したという仕様が、実際には従来品より使用温度範囲が狭くなっていて、使用温度範囲を外れた高温や低温ではむしろ従来品より数値が悪くなっていたという話もある。『小型・軽量になり、価格は従来品と同じ』といった特徴の裏にはこういったカラクリがないとはいえない。
「サイレントチェンジ」という言葉がある。製品のサプライチェーンが複雑化するなかで、コスト削減や規格への対応を行うために、購入者に気づかないように使用部材を変更して販売する方法だ。見かけ上はすぐわからず、事故やトラブルが起こって初めて気が付くことが多い。原材料価格の上昇や販売競争の激化、サプライチェーンの複雑化、ベテラン技術者の減少などが継続するとこうした問題が増えてくる。産業機器は往々にして過酷な環境下で長期間使用されることが多い。それだけに求められる仕様レベルも高くなり、実際の仕様と異なると大きなトラブルにつながる可能性も増える。
『品質は一番確かなセールスマン』を社内の永久標語に掲げる会社がある。売り上げや利益はお客さまの信頼があって初めて生まれてくるもので、信頼が失われれば製品だけでなく、その会社も市場から退場させられかねない。目先の売り上げ確保が大きなダメージにつながることになる。
冒頭の制御機器メーカーは、売り上げよりも信頼を重視してOEM販売を見送った。小手先の仕様変更でお客様の信頼を失うより、正々堂々と品質をセールスポイントにした姿勢こそがいま求められている。
(ものづくり・Jp株式会社 オートメーション新聞 会長 藤井裕雄)