■マスカスタマイゼーションって何?
ここ数年、DXブームにともなって「マスカスタマイゼーション」という言葉がよく出てくるようになっています。マスカスタマイゼーションとは一体どんなもので、中小製造業にとってマスカスタマイゼーションが必要な理由を考えてみます。
マスカスタマイゼーションについて、例えばPCは毎年1000万台以上が出荷されている典型的な大量生産モデルですが、世界中に愛好者が多いゲーム用PC(ゲーミングPC)では、CPUやメモリ、SSD、電源や筐体など自分の好みにカスタマイズして購入するのが当たり前の世界になっています。メーカーもカスタムオーダーに対応できる生産の仕組みを整えていて、標準品でもなく、フルカスタムでもなく、標準品を活かしながらのカスタマイズサービスを提供しています。自分でパーツを買ってきて組み上げていたかつての自作PCの時代から、いまは自分専用のPCがWEBで簡単に買える時代になり、メーカーも今までにない価値を顧客に提供するようになっています。
マスカスタマイゼーションとは、マスプロダクション(量産)とカスタマイゼーション(受注生産)の2つの生産モデルを組み合わせた生産概念で、例に挙げたPCはとても分かりやすい例です。新しい概念では決してなく、すでに経営的なアプローチで無意識のうちに実行して意識せずにできている企業もあるかもしれません。
■マスカスタマイゼーションの本質
マスカスタマイゼーション生産に取り組むことで多品種少量生産が効率化できることは間違いありません。しかしながらマスカスタマイズの本質は、生産の合理化だけでなく、自社製品やサービスの質がレベルアップできることも重要な要素で、顧客に提供する価値にフォーカスすることも大切だと考えています。
近年、中小製造業は、コロナ禍などの影響で激しい環境変化に苦しめられたり、顧客のニーズがどんどん多様化し、「価値」を提供するためには自社の製品・サービスにカスタム要素を入れることの必要性が高まっています。特にFA業界は、長納期化や原材料価格の高騰で厳しい環境である今だからこそ、生産モデルの変革や、デジタル技術を活用したDXによる環境変化への対応が重要になります。これから先を見据えて1歩を踏み出しているかどうかで10年後20年後に生き残れるかどうかが決まってくると考えています。
■東洋電装のマスカスタマイゼーションとDXの取り組み
当社の制御盤製造事業はほとんど受注生産で、そのプロセスは数十年前に確立していて、以前は各工程がタコツボ化していました。そのタコツボをいくら改善しても、今となっては生産性向上に大きなインパクトを与えることはできません。乾いたぞうきんをいくら絞ってもほとんど水は出てこないようなものです。
そのため当社は、タコツボのなかを個別最適するのではなく、プロセス全体の最適化を目指し、デジタル技術を活用して組織横断的な改善を行っています。その中から生まれたアイディアにより、受注生産の一品一様のカスタム生産の中に量産の概念を取り入れた生産、マスカスタマイゼーションを実現しました。こうすることで制御盤製造が持続可能な生産モデルへと生まれ変わり、人手不足や顧客ニーズが多様化するなかでも価値提供ができるようになりました。
また現在、当社では、自ら考えて実証したマスカスタマイゼーションと製品価値の向上をDX化で推進する取り組みを、自社だけでなく、地元の中国地方の中小製造業を中心に開放し、支援する取り組みを進めています。
地元メディアや中国経済産業局と連携し、自社のDX工場を開放して、その取り組みを無償で見てもらう「DX工場見学」も開催数は1年で100回を超えました。またDX支援の取り組みに共感し、興味を持ってくれた中国地方地域の中小製造業の複数社の改善とマスカスタマイゼーション、DX実現に向けた支援プロジェクトに取り組んでいます。
2022年度と2023年度は経済産業省の補助事業(地域DX促進環境整備事業)に採択され、2022年度は当社の制御盤製造と岡山にあるデニム製造メーカーでDXの実証を行いました。いずれもDXの大前提となる見える化によるデータドリブンの生産を構築でき、デニム生産では、設備と人の動作を動画で撮影してロギングして設備稼働監視を行い、そのデータをもとにオペレーションを改善することで稼働率を高めることに成功しています。また生産管理のスケジューリングをシステム化したことで、生産管理担当の「エクセル職人」の仕事を効率化することもでき、地方の中小製造業でもDXの導入効果が出ています。
■中小企業のDXが遅れている原因
中小製造業のDXが遅れていると言われますが、その原因はどこにあるのでしょうか?私はDXが進まない中小企業には中期ビジョンがなく、限定的なシステム導入を行い、次のステップにいけないところに一つ原因があるのではないかと思っています。中小企業にとってDXはステップバイステップで一歩ずつデジタル改善を進めていくことが重要で、それが次の段階に移行するための準備になることや、DXを実行したからといって経営的インパクトは簡単に得られないことを理解し覚悟しておかないと、どんどん時流に乗り遅れて、取返しのつかないことになります。はっきり言って、「ロボット入れて人が一人、二人減らせた」といったような改善ばかりに目を向けていると中小企業の未来はないと思っています。デジタルでトランスフォーメーションすることで人(職人)が持つ価値を見えるようにすることが、中小製造業のものづくりを再び輝かせる鍵になると私は信じています。
今回紹介したマスカスタマイゼーション構築に向けた中小ものづくりDX推進事業で経済産業省に2年連続で採択され、現在複数社実証を行っている中で見えた課題や実績などをここで共有していきたいと思いますので、興味のある方は是非ご一読ください。
【著者】
越智 稔(おち みのる)
東洋電装株式会社
制御盤システム事業 事業部長
1984年愛媛県生まれ。制御盤の設計としてキャリアをスタートし、13年間エンジニアとして国内向けだけでなく海外向けのプラント関係制御設計及びシステム開発経験がある。PLC-HMI-SCADAの開発経験も多く、ロックウェル・オートメーションやシーメンスの開発経験と複数カ国の現地でのコミッショニングを経て技術力を高めた。更に欧州向けのIEC60204-1に準拠した設計によるCEマーク取得パネル、UL508Aに準拠したUL認証パネル設計を多く行った経験がある。現在は制御盤製造の事業運営と自社DX推進及び中小製造業のDX推進をサポートする新規事業を産官学連携で立ち上げ、システム開発統括及びフィールドサポートを行っている。