今回は、極めて暗い話から始めなければならない。先日、私が30年以上にわたりお付き合いをしてきた精密板金企業の社長から、衝撃的な電話を頂いた。その内容とは、会社閉鎖の連絡である。理由は業績悪化ということではなく、後継者に恵まれず、退職者の続出で人手不足に陥り、事業の継続が難しいという内容であった。電話で話を聞きながら、私は時代の変化を強く感じていた。
私が社会に出たのは、ほぼ半世紀前である。その頃、会社閉鎖といえば例外なく不渡り倒産であった。 手形が当たり前に流通していた時代である。手形の不渡りによって倒産し、結果として会社閉鎖。倒産なくして会社閉鎖は考えられなかった。ところが、今日では手形は殆ど見かけないので、手形の不渡りによる倒産は聞かない。半面、業績悪化がないのにも関わらず、後継者や人手不足により会社閉鎖が現実となっていることは、かなりの強い衝撃である。 最近では、お客様から会社を売却したいといった相談事も増えている。また巷では、 M&Aの話題も非常に多いが、M&Aや会社売却もできず、企業閉鎖に至る現実がある。 苦渋の判断をする社長の苦しさを推測すると、胸の痛い思いがする。
このような会社閉鎖の事実はどこまで続くのだろうか? 未来を予測することは決して容易ではないが、私が経営する企業(アルファTKG)が実施 した調査をもとに、大胆な将来予測を試みた。この調査は、2023年1月から10月までの10カ月間にわたり200社を超える精密板金業界の企業から得たものである。調査内容詳細は割愛するが、調査結果から得られる予測は、『10年以内に50%の企業が消滅する』という恐ろしいものである。精密板金業界とは、薄い鉄板を加工し様々な筐体を作りだす業界であり、その製品の範囲は広範囲に広がる。例えば、配電盤・工作機械カバー・医療機器・自販機・ATM・半導体 製造装置など全産業に広がっている。精密板金業界の特徴は、多品種少量生産であり現場 ベテランのノウハウに依存している。企業規模も中小・零細企業が大半であり、日本列島の全国津々浦々に町工場として存在している。 精密板金市場は、国内4兆円産業である。国内に2万社の企業が存在するので、一社あたりの平均年商は2億円。従業員数も数十人の中小・零細企業の集合体である。10年以内に50%が消滅。すなわち、2万社のうち1万社が消滅することになる。 消滅の根拠として、平均年商2億円を下回る企業の80%が『後継者がいない』と答えており、また、『企業の存続は難しい』との衝撃的な調査結果が出ている。 半面で、年商2億円を超える企業には、流石に後継者問題を抱えている企業は少ない。特に年商5億円を超える企業には旺盛な成長志向を持つ経営者が多く、大いに将来が期待できる企業が多い。年商5億円を超える将来有望な精密板金企業は、日本に5千社以上存在し、この企業群だけでも25万人の従業員が働いている。25万人の従業員には年配者が多く、5年以内に5万人の従業員が退職し、10年以内に10万人以上が退職する。 退職者に代わって若者が従事する可能性は限りなくゼロに近く、極端な人材不足に陥るのは明白である。年商5億円を超える将来有望企業には、消滅する1万社の受注も加算されるので、受注は増大し、将来の受注環境は極めて明るいと思われるが、人手不足の課題は深刻である。
日本政府は、外国人労働者の活用を打ち手として、人手不足解消を目論んでいるが、ピント外れと言ったら言い過ぎであろうか? 深刻な人手不足に対応する打ち手は、自動化と言っても過言ではない。自動化実現の手段は、ロボットである。ロボットにも、事務所の単純作業を保管するRPA(ソフトロボット)と、現場の作業を自動化 する現場ロボット(協働ロボット)の両翼がある。 どちらも人手不足を解消する打ち手としての唯一の手段である。もし将来において、RPA(ソフトロボット)も現場ロボット(協働ロボット)も使わない企業があるとしたら超幸せ。 優秀な従業員が安い給料で働いてくれる。超幸せ企業である。2万社の精密板金企業が進む道は2種類。消滅の道をたどるか?またはロボットの活用で 成長軌道に乗るか? の2者択一である。精密板金業界の2万社の企業に加え、あらゆる中小製造業にとって、消滅・企業閉鎖か? ロボット活用での発展か?の分水嶺に立たされていると言っても過言ではない。
◆高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。
電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。