筆者がロボット化とデジタル化で多くの中小企業の生産効率を上げていることは周知の通りであるが、今回は筆者が見た工場の中で特にひどい反面教師の話をする。
仰天する生産ラインの金のかけ方
まず、某自動車メーカーの生産ラインについてである。自動車の機種を新しくなる際には、当然のことであるが生産ラインも「新しく」する。今回、筆者が述べたい事は、このメーカーの「新しい」生産ラインの「検証(ロボットの干渉・リミットオーバーだけでなく、スムーズに生産できるか、など)」についてである。この記事の読者は、「生産ラインを新しくする前に、シミュレーションソフトで検証するのだろう。そして、現場でテストしながら最終の微調整するのだろう」と思われるかも知れないが、実はそうではない。なんと、ソフトで検証するのではなく、別の工場で「仮の生産ライン」を「丸ごと」作って検証しているのだ。
産業用ロボットは、ロボットや治具をワンパターン作るだけでも、その金額は決して安くはない。ましてや生産ラインを丸ごと作り様々な検証をするとなると、とてつもない金額と労力も要する。ちなみに、この企業の言い訳は「生産ラインの検証ミスにより、たった1時間でもラインが停止するだけで数億円の損失になる。だからソフトではなく実機で検証しているのだ」である。しかし、この言い訳はソフトを使いこなせていない言い訳だ。その証拠に、海外ではソフトで検証するのがあたりまえである。なぜなら、ソフトで検証する方が、より綿密かつ効率的な生産ラインを設計できるからだ。実は、このメーカーでも海外のマネをしようと高額なソフトの導入したが、いかんせんソフト技術者の能力が追い付かず、結局は実機で丸ごと生産ラインを作る方法になっている。
発砲スチロールのロボットシステム
別の自動車メーカーでも、似た話がある。このメーカーは、なんと発泡スチロールのロボットシステムを作って検証を行っていた。しかも、ロボットと治具 1台ずつではなくライン全体だ。発砲スチロールのロボットシステムを人が(もちろん手動で)動かしているシーンは、もはや安っぽいコントを見ているようで笑えるというより幼稚で薄気味悪かった。このメーカーも前述のメーカーと同様に、高額のソフトと技術者に莫大な金額を投資しているにもかかわらず、まったく生かせていないのが現状だ。
古い考えの重役たち
では、なぜ日本を代表する自動車メーカーが、このような幼稚で非効率な方法を続けているのであろうか?それは重役たちが年寄り、もしくは古い考え方しか持っていないからだ。
その証拠として、2つほど実話を挙げる。1つ目は、筆者はこれらのメーカーの下請け企業とも多少の縁があるが、下請け企業から必ず耳にする言葉が「接待漬け」という言葉である。「接待漬け」とは、大手企業の重役たちに下請け企業が「食事」「ゴルフ」などでご機嫌をとって、仕事を得ることだ。これらの接待は、何度も何度も仕事得られるまで、限りなく続けられ、莫大な資金が投入されるため「接待漬け」という表現になっている。そして、接待漬けが上手な企業に、大手から発注されるのが今日現在の状況である。つまり、下請け企業は、売上を上げるために必要なのは、技術力ではなく接待力であるこということだ。当然、下請け企業の技術力は上がらない。実際に、筆者が下請け企業を見学すると、古い機械と人だらけの工場で、デジタル化などの効率化が全く進んでいない、誰が見ても「稼いだ金は何に使っているんだ」とあきれる惨状だ。
2つ目は、大手企業の技術者から当社に「ロボット化やデジタル化を富士ロボットさんの力で実現したい」というお問合せから始まった話である。この技術者は真面目な方だったので、当社としいても真剣に対応すると決めた。その大手企業に行き、実際に工場のロボットを当社のソフトで効率的に動かすテストまで行った。そのテストは成功し、その工場の技術者の方々が「現場でここまで効率化がうまくいったので、ぜひ導入したい」と喜んでくれた。そして「現場での裏づけがあるので、稟議も通るはず」と稟議書を長時間かけて作成したのだが、なんと重役の判断はNGであった。理由は、「(ソフトは)意味がさっぱりわからん!」「目に見えないモノ(ソフト)なんぞに、金はかけられん!」だったそうだ。技術者は、この重役に対して「この会社の上(重役)は、何を考えているんだ」と落胆していた。
重役たちのせいで失われた40年に!
日本はもっとソフトの力を上げ、生産効率アップと給料アップを「根本」から実現しなければならない。しかし、重役たちがそれを妨げている。かれらは「最近、給料は上げた」と言っているが、実質賃金は上がっていないし、円安で一時的に得た利益の一部を社員に還元しただけで、根本的な解決はできていない。
余談であるが、当社と深いお付き合いのある超大手のK社は、「デジタル化(ソフト)に力をいよう」「高い技術を持つ会社と力を合わせよう」という強い気概があり、実際に当社と大幅に生産効率アップを実現させている。ただ、このような企業は、日本の大手の中ではほぼ無いと考えて良いだろう。
日本の重役たちは、企業をリーディングカンパニーとして発展させようという気持ちがあまりに薄い。最近の決算が良いことがニュースにもなっているが、その理由も企業が優れているというわけではなく、円安による国民の苦悩を餌に膨大な利益を得ているだけだ。このような企業を海外はすでに見限っている。その証拠に、日本の株価が上がるのは円安の時だけだ。しかもこのような大手企業に、日本のマスコミは厳しい意見を言うどころか、コマーシャルで魂を売り渡し尻尾を振っている。自分たちのことしか考えない重役たちのせいで「失われた30年」は「失われた40年」になるだろう。
◆山下夏樹(やましたなつき)
富士ロボット株式会社(http://www.fuji-robot.com/)代表取締役。
福井県のロボット導入促進や生産効率化を図る「ふくいロボットテクニカルセンター」顧問。1973年生まれ。サーボモータ6つを使って1からロボットを作成した経歴を持つ。多くの企業にて、自社のソフトで産業用ロボットのティーチング工数を1/10にするなどの生産効率UPや、コンサルタントでも現場の問題を解決してきた実績を持つ、産業用ロボットの導入のプロ。コンサルタントは「無償相談から」の窓口を設けている。