【日本の製造業再起動に向けて(108)】『地獄の釜が開いた中国経済』   日本製造業は新時代の大チャンス

今日の中国経済の衰退に関し、「不動産市場の低迷」「個人消費の落ち込み」「雇用問題」など、中国経済の即時回復は難しいとの見方が報道されている。 一方では、台湾有事や尖閣への懸念もあり、日本では中国への危機感が強まっている。本稿では、中国経済衰退の真実を明らかにし、日本の製造業への影響を考察する。 まず初めに報道の域を超えて、中国経済は『地獄の釜が開き、奈落の底に落ちていく』深刻な状況であることを解説したい。大惨事というべき中国の衰退は、米国の意思も大きく影響しているが、具体的な事例から地獄の釜の開いていくさまを解説したい。

私が詳しい板金製造業界で、中国資本による新規の民間レーザ加工機メーカーが急速に成長し、わずか10年で中国市場を制覇してきた驚愕の事実がある。 数十年前には、日本や欧州の老舗メーカーが世界中を席巻し、中国市場でも日本メーカーと欧州メーカーが首位を競い合っていたが、それは過去の物語である。今日の中国板金業界でのレーザ加工機は、中国メーカー一色である。上位10位はすべて中国企業が専有している。中国新興企業による活躍の象徴である。ところが、いつまでも続くと思われた中国経済の繁栄に突然の変化がやってきた。その変化は、コロナ禍の経済的後遺症から始まった。ゼロコロナなど横暴な施策が解除さ れ、好景気が戻ってくると期待されたが、中国経済は不測の災難に難遇した。奈落の底に向かう『地獄の釜が開いた』のである。これは中国に突然降り掛かった災難ではなく、独裁政治の結果であり、この事実を知って多くの賢明な国際企業は中国からの撤退を決心した。中国投資など論外。独裁政治の代償として中国経済は、もはや戻ることはできない奈落の底に落ちている。

ここからは、HSGという中国大手レーザ加工機メーカーの実態を参考に、筆を進めたい。HSGは、中国国内市場を席巻する№1加工機メーカーである。創業から20年にも満たない 新興企業であるが、日本のアマダやドイツのトルンプなど国際的優良メーカーと比較し、数倍のレーザ加工機を製造販売する超優良企業である。HSGは、数年前に日本に進出し、日本現地法人を設立した。業界からベテラン経験者を何人も採用し、日本市場開拓の戦略を開始した。その戦略的な意図は、日本市場に通用する高性能なマシンを開発し、先進国のハイエンド市場の攻略を行うためである。この戦略から中国経済発展の限界と闇が見えてくる。これは裏返すと日本製造業の大チャンスでもある。これを紐解くキーワードは、『グローバル化とデフレ経済の終焉』である。グローバル化とデフレ経済は同意語である。

30年以上に渡りグローバル化とデフレ経済が世界を支配した結果、中国は発展し日本は負けた。 米国は30年以上前に鄧小平の経済改革を大歓迎し、以降の国交回復から米中蜜月時代に突入する。これが日本を巻き込んだグローバル化とデフレ経済。中国経済発展の源である。日本にとっては悪夢の始まりであり、日本経済はここから衰退に向かった。中国は安物作りに徹し、世界中が安物を求め中国に殺到した。日本のものづくりが世界 から否定され、円高に苦しんだ『失われた30年』である。前出のHSGでは、安いレーザ加工機を大量に生産し、中国国内におけるローエンド市場の 創造に成功した。中国の顧客がローエンドを指向し、ハイエンドに君臨するアマダやトルンプなど先進国メーカーは中国市場で惨敗した。ローエンド市場の成熟に伴い、雨後の筍のように後続する新興国産メーカーが誕生し、競争激化のさなかに、中国経済では地獄の釜が開いた。中国市場は冷え込み、HSGは創業以来の受注減と熾烈な他社競争に突入している。 中国メーカー同士の価格競争によるチキンレースである。安物しか武器のない中国メーカーは、ひたすら価格を下げて競争を挑んでおり、HSGでも利益の確保が難しくなっている。奈落の底に向かって急速に落ちていく中国経済の現状は、中国依存のグローバル経済の終焉を意味している。

中国の衰退で安物を評価するデフレ経済価値観も消滅し、やっとイノベーションを正義とする価値観の正常化に向かっている。 過去の米中蜜月時代も終焉し、米国は中国を敵国と認定した。米中デカップリングによる安全保障に日本の役割は極めて重要である。経済力・防衛力の強化が日本に求められ、これから始まる良質なインフレ時代の再来に日本製造業が復活する大チャンスがやってきた。

◆高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。

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