製造業に「環境負荷性能」という競争軸~規制から生まれる新たな変化

製造業は今、持続可能なものづくりへの大転換期にあるといえる。その中心にあるのが、欧州を発端とする一連の「環境負荷情報の共有化」の動きだ。特に、欧州電池規則やCatena-X、ウラノス・エコシステムなどに代表される動きでは、製造業界におけるサプライチェーン全体の透明性向上と環境負荷の削減に焦点を当てたルール整備が進められており、自動車産業を中心に、製造業の未来を形作る重要な要素となりつつある。一方で、日本国内においてこれらの動きはあまり認知が広がっておらず、対応が遅れているとも言われている。基本情報と今後の展望について、有識者へのヒアリングも交え、状況をまとめた。

代表的な各種規制や取組について

■欧州電池規則

欧州電池規則(EU BATTERY REGULATION)は、特に電気自動車(EV)の車載蓄電池の製造過程におけるCFP(カーボンフットプリント:製品ライフサイクル全体を通じた温室効果ガス排出量)の削減を目指す規則で、2006年に発行した電池指令が基となっている。この規則により、完成車メーカーや部品メーカーには、製造プロセスでのCFPの発生を詳細にトレースし、報告する義務が課せられる。欧州域内で販売されるほぼ全ての中・大型蓄電池(エネルギー容量2kWh以上など)が対象となる。CFPの報告義務以外にも「リサイクル済み原材料の使用割合の最低値導入」「廃棄された携帯型バッテリーの回収率」「原材料別再資源化率の目標値導入」などが定められている。

■ウラノス・エコシステム

経済産業省が中心となり産学官が連携して推進する、企業・業界・国境を越えたデータ共有とシステム連携のための活動。データ連携基盤構築を通じ、データの利活用による社会課題解決とイノベーション創出を目指している。ウラノス・エコシステムのもとでの業種横断的なシステム連携の実現を目指し、人流・物流DX及び商流・金流DXの領域を先行的に着手し、業界・業種を問わない幅広いデータ連携を目指している。「ウラノス(Ouranos)」とはギリシャ神話に由来する天空の神を指し、さまざまなステークホルダーが連携し、最適なシステム統合により新たな価値を創造するエコシステムを象徴している。

■Catena-X(カテナエックス)

主にドイツの自動車メーカーとサプライヤーが中心となり、自動車産業向けのデータ共有とシステム連携を推進するプラットフォーム。非競争領域のデータを企業間で交換することで、EUの自動車産業全体の発展を目指している。

欧州委員会(EC)が2020年2月に公表した「欧州データ戦略」指針の中に、「欧州データスペース」という構想があり、企業や組織間で安全かつ円滑なデータ共有を実現することを目指している。これらの具体的な技術基盤や仕組みを構築する役割として「Gaia-X(ガイアエックス)」というプロジェクトがあり、「Catena-X」は「Gaia-X」の基盤を活用して自動車業界に向けて構築される。

これら欧州主導の活動が加速する背景には、⽶中のIT企業によるデータ寡占への対抗が念頭にあり、製造業で強みを持つ産業分野での仕組み作りを通じ、欧州企業の競争優位を確立することがあるとされている。「Catena-X」の他、製造業全般に対応する「Manufacturing-X」、健康データに関する「HEALTH-X」、エネルギーに関する「Omega-X」など業界や目的に応じた活動が始まっている。

■「ウラノス・エコシステム」と「Catena-X」の関係

共にデータ連携・活用による課題解決とイノベーション創出という目標を掲げ、官民連携で推進される取り組み。「ウラノス・エコシステム」は日本主導、「Catena-X」はドイツを中心とした欧州主導であるが、データの相互利用やデータ流通に関する規制や標準化について連携が始まっている。CO2排出量に代表される環境負荷情報を中心に、多くの可視化すべき情報を、サプライチェーン全体で共有・開示することを目指している。

データ共有の動きや規制に対して、企業が取り組むべきこと

特に部品製造を含めた「EV向け蓄電池に関連する企業」は対応が急務である。2023年8月に正式施行された欧州電池規制への適応が避けて通れないからである。この規制によりCFP宣言書の添付が義務化されるため、完成車メーカー及び部品メーカーは製造工程を含むあらゆる工程でCFPを管理し、報告することが求められる。仮に一部の部品であってもCFPデータが提出できなかった場合、欧州に向けて最終製品の輸出ができなくなる。またこの義務は「最終製品を欧州で販売するメーカー」が負う。従って、最終製品が日系メーカーだろうが欧州メーカーだろうが関係は無い。開発費や生産コストなどを考慮すると、欧州向け製品だけ蓄電池の仕様を変えるということは難しく、現実的にはほぼすべての「EV向け蓄電池」が規制対象となり、サプライチェーンに関連する企業であれば規模の大小や工程は関係なく適応される。

CFP宣言に関連して特に注目すべきは、蓄電池の5大部品(負極、正極、電解質、セパレータ、ケース)に関して、CFP算出の一次データ開示が求められる点である。従来、CFP算出に関しては統計データなどに基づいて推定された「二次データ」で代替可能だったが、今後は直接測定した「一次データ」が必要となる。言い換えると、5大部品の生産に関連する企業は、各工程におけるCO2排出量を製品単位で実測・記録する必要が発生するということになる。さらにCFP宣言書は認証を受ける必要があるため、もし未対応の場合、早急に対応を検討して実行に移す必要がある。また、CFP宣言のみならず、2026年8月からはCFP性能クラス区分の設定が始まる。これは蓄電池のライフサイクル全体でのCO2排出量の大小を識別する仕組みで、「排ガス規制」の蓄電池版のような考えとも言える。

資料提供:株式会社NTTデータ

上記は「蓄電池」の「CFP」の例になるが、同様の動きが自動車業界を中心に始まっており、あらゆる環境負荷に関するデータを、データ共有基盤を活用してサプライチェーンを通して共有化する動きが活発化している。化学製品分野でも同様の動きがはじまっている。

見えてきた課題と、必要とされるIT業界との連携

データ共有基盤構築における課題として、機密情報や知財の保護、交換可能なデータの範囲や情報へのアクセス権などの課題も見えてきている。さらに、グローバルにサプライチェーンが広がった現在では、サプライヤーの負担が極端に増えてしまうため、日本、欧州、中国、北米など地域ごとに違うデータ共有ルールが運用されることは避けなくてはならない。政府機関や団体には共通利益になる部分を見出し、できるだけ製造企業の負担が軽減できるようなルール整備が求められる。また、ルール整備と並行して、「情報保護」と「容易なデータ共有」という一見相反する要件の両方をバランス良く満たす「システム構築」も求められる。

それらの実現のため、例えばNTTグループでは、複数の異なるデータスペース同士での相互連携に向けた計画を進めている。まずは、複数データスペースのコネクタを集約する「データ連携ハブ」によるデータ共有のサービス提供を準備し、次に複数データスペースの間で直接データ交換を実現する「データスペース間ゲートウェイ」の実現を提唱している。そして最終的には「各種コネクタ技術が標準仕様を採用し、相互運用性が確保された未来」を目指し、国際的な議論の場で積極的に活動を行っている。他にもNEC、富士通、シーメンス、IBMなど多くの企業がそれぞれの得意分野を活かし、データ連携基盤構築に取り組んでいる。

日本企業にとって「逆風」か「追い風」か?

欧州主導の規制強化の動きは、日本企業にとっては逆風に見えるが、この領域に詳しいNTTデータ 第一インダストリ統括事業本部 自動車事業部 部長の松枝進介氏によると、日本企業にとってこの「環境規制」の動きはむしろ「追い風」になり得るという、なぜか。

従来、工業製品の採用基準は「スペック」と「コスト」が最重視されていた。そのため、特に汎用製品において、日本の工場は中国や新興国とのコスト競争に勝てず、苦戦を強いられている。しかし今後、CFPをはじめとした「環境負荷性能」が、製品選定における大きな競争軸となるのであれば、状況は変わってくるためだ。

元々日本企業は環境技術とエネルギー効率の高い製造プロセスを長年にわたって開発してきた実績があり、リサイクルの文化も根付いている。さらに改善活動が得意な日本の工場は、データを利活用することで、生産性向上に加え、生産計画の最適化を含めたサプライチェーンの最適化にももつなることができるはずである。「環境負荷性能」が製品採用基準になるこれからは、日本企業にとってチャンスになるだけではなく、製品の市場競争力を高め、持続可能な生産方法への移行を加速させることができるはずである。

業界全体で取り組むべきこと

もちろんこれらの規制に対応するためには、コストと労力を要する。ITの仕組みだけ、政府の取組だけ、企業努力だけでは「環境負荷性能」の向上をなし得ることは難しく、産官学が協力してアセットを組み合わせることで、国全体として取り組んでいく必要がある。

また、規制をきっかけにしたデータ交換ルールの標準化は、製造業全体にとってメリットももたらす。部品の調達から製品の組み立て、出荷に至るまでのプロセスが統一されたデータを通じて透明に管理できるため、最適な計画立案を通じ、人・もの・カネのリソース配置の最適化にもつながる。また、標準化を通じ、企業間のシステム互換性と拡張性が高まり、新しいソフトウェアやサービスの開発も迅速になる。セキュリティ対策が容易になり、将来的にはシステム導入コストが下がり、システム安定性も向上できるはずだ。

欧州電池規則やCatena-X、ウラノス・エコシステムを含む一連の規制とイニシアチブは、製造業にとって重要な転換点とも言える。関係者は、「環境負荷性能」という新しい競争軸の登場をしっかりチャンスとしてつかみ、業界全体で取り組んでいくことが求められる。そのためにも、これらの動きをしっかり把握して少しでも早く行動に移すことが必要だ。

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