私は今年、世界視察と称し、ビジネス目的で世界を巡り、特に世界の機械メーカーや中小製造業を視察してきた。 これまで40年以上、世界を舞台に仕事をしてきたが、今回ほど衝撃を受けた『世界の変化』を感じたことはなかった。私の世界視察を通し、感じたものをここで共有したい。
私が世界視察で最も大きな衝撃を受けたのは、世界の姿が一変している現実である。 特に、欧州におけるエネルギーコスト上昇とインフレ圧力の影響は甚大で、欧州各国の中小製造業は存続の危機に直面している。 世界的な戦争や経済的な分断が進む中で、グローバル経済には終止符が打たれている。 我々は今、名実ともに歴史に残る世界的なターニングポイントにいることを認識させられる。この世界激変の中で、日本が今『非常に恵まれた立場にある』ことを、私は強く実感しており、この点を中心に進めていきたい。
日本の未来が (良い方向に) 変わる可能性とその理由・・その震源地は中国にある。中国は数十年にわたりグローバル経済の中で、国際的なサプライチェーンの供給国として目覚ましい発展を遂げたが、その流れは完全に終焉した。核心的利益を標榜する中国は、ゼロコロナ政策以降、経済への逆噴射が始まり、中国経済は急速に衰退している。かつて活気に満ちていた大都市は今や閑散としており、経済の急速な成長から一転して急激な減速が起きていることは誰の目からも明白であり、中国経済の急変によって日本の製造業は、中国向け受注低迷に悩まされる半面で、製造業の国内回帰 (リショアリング)を実現する大きなチャンスを迎えようとしている。 中国の政治的方針により、米中の緊張は極限まで達しており、米国は日本を唯一の信頼できる同盟国とみなし、最先端技術の製造拠点を中国・韓国・台湾から安全な日本に移転しようしている。この背景には、米国が国際的な覇権を守るために中国を敵国とみなし、あらゆる対抗策を講じようとする、国家的な共通認識がある。 日本は、リショアリングを実行し、最先端技術を供給する製造立国としての役割を果たすことになる(これも米国の要請であるが)。日本に再び製造業復権のチャンスが訪れているのである。
一方、欧州の現状はどうであろうか。 かつての栄光を誇った欧州は、その輝きを失っている。 製造業で隆盛を極めたドイツの姿も、もはや過去のものとなりつつある。 日本ではGDPでドイツに抜かれたというニュースが大きく報じられたが、円安やドイツのインフレの影響であり、実際にはドイツはマイナス成長の深刻な経済危機に直面している。ドイツではエネルギー供給が大きく制約されており、電力不足とインフレが深刻化している。 特に注目すべきは、ドイツがこれまで推進してきたSDGs(持続可能な開発目標)に対する過剰な取り組みが、産業や生活に多大な負担を強いている現状がある。 これに加え、ドイツは長年続けてきた移民受け入れ政策と輸出依存の経済モデルが揺らいでおり、インダストリー4・0の成果もかすれてしまい、廃業する中小製造業が続出している。
パリオリンピック開催の数日前、私はイタリアのミラノで、ビジネスパートナーとの会食のため、 街の中心にある高級レストランを訪れていた。エレガントな雰囲気の中、ディナーが進む中で、突然の停電。長時間にわたり店内の電気が消え、エアコンが停止した。 ミラノの夏も非常に暑く、窓を開けると虫が大量に入ってくるような状況で、私達は落ち着いて食事を続けることはできなかった。この出来事は、ヨーロッパでのエネルギー不足の深刻さを物 語っている。
一方で、発展する新興諸国、特にインドについても触れてみたい。 インド経済は、目覚ましい発展をしているが、インドの中小製造業における大きな課題は、日本との価値観の違いにある。 たとえば、「5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)」などの徹底した品質管理や効率化の文化は、インドではまだ根付いていない。日本の製造業における長年の経験や遺伝子が、インドには 不足しており、製造業の発展には時間がかかると思われる。一部の報道では、インドがGDPで日本を追い越すという予測もあるが、それを実現するためには、製造業の発展が不可欠である。しかし、現状ではインドが製造業大国になるにはインド全体の産業インフラや労働環境、教育の改善が求められる。
続いて、米国の中小製造業について触れてみたい。 米国に行って感じることは、中小製造業も確かに好調であるが、スーパーバイザーと称するベテラ ン管理者の高齢化が進んでいる。その点では日本の製造業と同じ状況であるが、最大の違いは人々のやる気である。 米国中小製造業は全体的にだらしのない職場が多い。米国で開催される金属加工関連の国際見本市「FABTECH」などを視察すれば一目瞭然。やる気のない展示会に失望する。元気で有能な若者が活躍するのはもはや製造業ではなく、IT産業に集中している。 米国は人工知能などで、国際的地位を強固にしているが、製造業の復権は難しいと思われる。
結論として、 日本の製造業は失われた30年から脱皮できる歴史的チャンスを与えられている。 日本の中小製造業は、『世界中で最も恵まれた環境にある』と断言できる。これは、世界を渡り歩けば明確に確信できる結論である。
◆高木俊郎(たかぎ・としお)
株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。