専門性の求められる技術領域に関する業務は、今や国をまたいで取り組むことが一般的になりつつあります。例えば日本でいえば、日本国内の企業や研究機関、そして大学というように、技術領域というよりも国による分類を前提に行うだけでは、新しい技術の研究開発は困難になりつつあるのがその背景の一つにあると考えます。
どのような技術分野においても、技術の本質をきちんと理解し、それに取り組む個人や組織は有限かつ少数であり、そのような対象を日本という限られた国の中で見出すことは難しい場合もあります。これは日本に限られた話ではなく、先進国、途上国に限らず、世界各国においても程度の差はあれ同じといえます。
更に技術の本質をきちんと見極めた上で、その技術を軸として自社の技術力を高めることで、新製品や新サービスを生み出し続けて企業価値の継続的向上を狙うのは常識になりつつある一方、一社単独では技術力向上とそれに伴う新技術開発が難しい時代でもあります。この状況が「異業種協業」という言葉が生まれた一つの理由になったとも言えます。この異業種協業という言葉が一般的になってからそれなりの時間が経過し、企業間のマッチングや交流の取り組みが増えてきていると感じます。当社に対する栃木県庁からの依頼に応じて、4年にわたって若ものづくりネットワークという、異業種技術者交流の構築事業を進めた、というのもその一例といえます。
上記の取り組みでは、業種不問の技術者ベーススキルを教育するという取り組みを一つの呼び水として、技術領域はもちろん、所属企業も異なる複数の若手技術者(主に20代)の方々をあつめ、協業の必要性を実践を通じて学んでいただくという取り組みでした。その関係は県としての事業自体が終わった今でも継続し、業務時間外の時間を使って複数の有志メンバーが自主的に取り組み、新規事業提案をもってコンテストに応募する等、能動的な活動につながっています。これが継続していけば、将来企業間の協業につながっている可能性は十分にあり、既に小規模ながらそのような取り組みが始まっていると報告を受けています。上記の事業は地道な活動でしたが、3年目には募集開始から数日で定員に到達するなど反響が出始めました。この事実は、企業としても異業種協業の取り組みが重要である、という認識が高まっていることを裏付けていると考えられます。
異業種協業は今や国をまたぐのが常識になりつつある
これも時代の流れなのか、異業種協業は複数の国の企業間でも普通に行われるようになってきました。その一例は欧州のコンソーシアムの取り組みです。政府や研究機関、大学が主体となり、複数の企業を集めるという手法が多い傾向にあります。その大部分は日本のコンソーシアムと同じで、様々な技術を有する企業が集まる形です。一社ではなかなか集客や業務対応が難しい中で、一つのグループリストに入ることで、様々な仕事への参画を狙う、というのがその基本にあります。
そのような中で少し異なるアプローチをしているのがドイツのコンソーシアム(一部)です。ドイツでは、川上、川中、川下という、業種というよりも「ものづくりの位置づけ」の異なる企業が集まってコンソーシアムを形成し、大学や研究機関とも議論を交わしながらコンソーシアム内で複数のテーマを立案した上で、プロジェクトごとに予算を出し合うことでプロジェクトを進める、というやり方を採用しています。つまり、仕事を受ける、発注するではなく、「特定の課題やテーマを企業がそれぞれ考えて、賛同を得たテーマには参画企業が予算を出し合う」という、予算提供をベースとしたプロジェクト型業務となっているのです。
テーマ選考においては川下企業も検討に参加するため、最終的な出口まで考えることが常識となっているため、「仕事を創出する」という概念が基本になっています。このような各プレーヤーが一堂に介するプロジェクトは、各技術領域を有する企業が集うため技術的な課題解決精度が高まる上、市場ニーズやシーズといった出口戦略までが見えやすいというメリットがあるため、技術に関する研究開発が何かしらの仕事として結実する精度が圧倒的に高まるのです。
当然ながら特定の企業が集まって行うプロジェクトでは、参画企業による技術や製品の囲い込みによる展開制限というリスクがあるため、実際に上市できる際にどのような展開が可能なのかについて当該企業と議論を交わし合意形成することは不可欠です。この辺りは契約において関連する要件や制限をプロジェクト開始前までの段階で明文化するといったことが必須ですが、これは技術者というよりも法務が主体として動く内容ですのでここでは割愛します。ただ、技術者としては上記の必要性を理解しておくことは重要である、ということは言うまでもありません。
海外コンソーシアムにおける技術者の役割
よくうかがう話として、海外とのやり取りには語学が必須であるという議論です。結論から言うと対象が技術者である場合、中途半端な言語力で誤解を招くくらいであれば通訳を使うのが妥当です。さらに今後はAI等の進化により自動翻訳精度も上がってくると考えられるため、選択肢が増えることも期待されます。とはいえ、当然ながら語学はできないよりはできた方が良いのですが、それよりも忘れてはいけないことがあります。
それは、「技術者はあくまで技術が主軸なので、その本質は何かを考える」ということです。技術の本質は母国語以外の語学でしょうか。まず一つ目は何度も繰り返し述べていることですが「文章作成力に裏付けられた論理的思考力」です。これは技術者以前に、社会人としての土台スキルというべきものです。その上で技術者にとって何が本質かを考えます。それは間違いなく、「数値データ、分析データ、画像といった客観性、定量性を重視したデータを取り扱えること」です。
感覚論、定性議論は技術では必要ありません。技術において最も重要視すべきはやはり、「利害関係、立場、国等を超越する客観性に裏付けられた技術的事実」です。これこそが海外のコンソーシアムなどで技術者にとって追い求めるべき本質です。この本質を実現できるのは、上述の通り数学的理論に基づく数値データや数値分析結果、元素分析や構造分析、力学評価による機械特性/物理特性評価、デジタル画像や光学/電子顕微鏡の監察結果である画像といった技術データです。このような技術データこそが技術者にとっての武器であり、海外コンソーシアムで活躍する技術者を育成するために不可欠な観点です。
そのため技術者育成計画立案に際しては、・自社技術の性能を定量的かつ客観的に判断する分析手法の習得・上記分析の妥当性を担保する数学的理論の習得、といったことを盛り込むことが求められます。その上で、データの改ざんを回避するため、・社外にデータを示す前に、その内容の妥当性を確認する社内での確認工程の構築、ということがマネジメント側に求められることでしょう。
いかがでしたでしょうか。一見すると今の時代は異業種協業も一例に、様々なことが求められ、また起こるなど複雑に感じるかもしれません。技術者をかかえるマネジメントはこういう時代こそ原点を見つめ直し、本質を見極める力が求められます。今回ご紹介した海外コンソーシアムは今の時代に技術者の参加が求められる領域ですが、本質を突き詰めると、結局のところ技術者という強みや特性を基軸とした時代不問の観点に行きつくのです。結果を焦りすぎるが故に氾濫する情報に飲み込まれては元も子もありません。常に本質を見極めようとする視点こそが、今の時代に最も必要なものだと考えます。
【著者】
吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
FRP Consultant 株式会社
代表取締役社長
福井大学非常勤講師
FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
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