令和の販売員心得 黒川想介 (130)

若手の販売員を育てる過程で、全米ナンバーワンの墓売り営業と豪語したウィリーゲールの話をすることがある。
まだ営業本のなかった1960年代半ばの頃、日本語訳で「販売心理術」というタイトルで発売された小冊子があった。これは米国でウィリーゲールという販売員が、実際にお墓を売るまでの経験を営業の方法論としてまとめた小冊子であった。その内容は、お客様がお墓を買うまでの心理的葛藤にどう対応して営業すればいいのかというもので、FAマーケットがようやく離陸して成長に向かおうとしていた時であったから、FA営業のいろはを模索していたFA販売員にとっては格好の教材となった。

若手のFA販売員たちに「もしあなたが墓を売る販売員になったら見込み客にどのようなアプローチをして、どのような営業するか」と質問してみた。すると若手社員は「え、墓ですか?」と前置きをした後、「墓のカタログを広げ、石の材質や形、価格を紹介するのも変ですし、そもそもお墓を売り込むような営業をしてもお客様は無反応か帰ってくれというような素振りをされるのが目に見えている」とし、結果はギブアップだった。彼ら曰く「お墓という特殊な商品だから、即必要な場合なら話は別だが、そうでないなら無理です」ということだった。
「それならば、どこにでもあるごくごく平凡な起動スイッチの拡販をしなさいと言われたら、新規見込み客にどのような売り込み活動するのか」と続けて質問したところ、今度は「単純でごく平凡な商品の売り込み活動をした経験がないのでコストのメリットしか思いつかない」と言う。確かにお墓は特殊な商品かもしれないが、単純で平凡な起動スイッチはFA営業で扱う商品だ。そんな商品であっても、新規見込み客への売り込みはコスト以外にどうすれば良いのかと悩むのだ。
FA営業は、FAマーケットが目に見えて拡大していく過程で、新規見込み客へ攻め込む際の有力な商品を次々と持つことができた。つまり新規見込み客開拓の有力な武器を持てるようになったのだ。それ以降しばらくの間は、新しい商品の紹介が新規見込み客にアプローチする有効な手段だったが、平成の半ばの頃から、このアプローチの仕方があまり有効でないとFA販売員は身をもって知るようになる。この事実は、従来から連続して続いてきたFA マーケットが成熟したことを物語っている。ウィリーゲール流を教本とした営業が伝達されていないために新規見込み客に接近する方法は、商品のメリットを強調する以外に思いつかないのだ。
「販売員心理術」を教本にした時代は、FA市場が未成熟で、 FAへの理解が浅かったから、逆に商品のメリットから入っていくのは無理だった。だからウィリーゲールの墓売り営業の教本は大いに参考になった。

商品を主役にした形で新規見込み客に接近していけなくなったと感じたら、ウィリーゲールの営業手法は大いに参考になる。
ウィリーゲールは最初のアプローチを重視した。最初に機嫌を損ねるような印象を持たれなければ新規見込み客開拓の第一歩は踏み出せる。人は赤の他人でも数分間の会話のキャッチボールをすれば警戒感は薄れるものである。しかし、これが営業と客の場合は難しい。特に営業が墓売りと分かっているのだ。商品であるお墓では会話はできない。どんな会話のキャッチボールをしたらいいのか。いくら口のうまいウィリーゲールでも、相手の気持ちを掴むような情報を持っていなければ、機嫌のいい会話はできない。そのためにはテーマになる、ある程度の情報は調べておく必要があった。その情報を基にして会話を続け、さらにその奥や周辺の情報を入手していく。相手に関する情報が多ければ多いほど機嫌よく話してくれる話題が見つかり、話を通じて様々な情報を得る。あとは情報を基にして、相手の心理に寄り添いながら、プラスの部分とマイナスの部分を明確にして答えを待つという営業であった。
現在の営業でも、相手の心理を考えた初回アプローチの計算をすべきである。

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