企業は売上とそれによってもたらされる利益を生み出し続けることが至上命題です。そのため、技術者の評価において売上や利益への貢献度を重視するという風潮があります。当然ながら企業の存在意義を考えれば、売上や利益への貢献度が重要であることに疑いの余地はありません。しかし、それだけを考えていると様々な弊害が生じることも理解しなくてはいけません。
売上/利益に対する技術者の貢献を評価するのは至難の業
企業の経営者としては、資本金を念頭に置きながら、どのような売上と利益を到達すればいいのか、ということを損益計算書と貸借対照表をにらみながら、お金の流れを考えるのは当然です。
それは技術専門的な支援や技術者の育成に取り組む当社でも全く同じです。売上はともかく、経費がかさむことにより利益が圧迫され、資本金が目減りしていくということによる危機感は、実際に企業経営を行い、経理を理解している経営者であれば、痛いほどよくわかる感情ではないでしょうか。ただ、これらの感情は経営者が持つべき一方、マネジメントのような経営とは直接関係のない従業員に押し付けてはいけません。給与所得がある程度保証されているようなマネジメントを含む従業員では、上記の危機感の表面的な部分しか理解できません。言い換えれば、そのような理解を従業員に求めてはいけないのです。
技術者を含む従業員に理解させるべきは企業価値向上の重要性
実際の経営では目の前の金額の数字だけでなく、社内外の状況を俯瞰的にとらえ、どのようにして資金を確保しながら企業経営をしていくか、ということはもちろんですが、より大切なのは、「どのようにして企業価値を高めていくか」という企業の維持成長に向けた視点です。
特に株式を公開し、株取引をされるような企業では、企業価値の上下が株価に影響を与えるため、確保できる資金変動に直結します。しかし、日々の仕事に追われる現場の従業員、特に技術的な仕事の多い技術者は、この辺りの意味を本当の意味で理解することは難しいと思います。
ある製品の売上/利益達成には社内だけでも多くの人が関わっている
技術者や元技術者のマネジメントが技術者の評価に売上/利益の基軸を取り入れる場合について考えてみます。その技術者の関わった製品がどのくらい売れて、それがどのくらいの利益を生み出しているのか、という評価はある意味妥当ですが、なかなか技術者だけが関わって、一つの製品が直接的な売上や利益につなげるということは極めてまれです。
・顧客とのやり取りを行ってきた営業部門・原料納入や製品出荷を担う物流や調達部門・ものづくりを行う製造部門・製品の品質保証を担う品質保証部門・製造設備の維持管理を行う設備管理部門、といったものは多くの企業において共通して存在する部門であり、そこに属する方々が製品の成立に関わっています。マネジメントが上記のような全体を俯瞰した上で、技術者の貢献度を評価できるのであればいいのですが、技術者だけで全うした貢献とは何か、となると評価が難しいのではないでしょうか。
売上/利益は定量化も容易で異論が出にくい指標故のリスク
更に売上/利益を基軸とした評価のリスクは続きます。まず、金額ベースでの評価であるため「定量化がやりやすい」ことです。技術者達は技術的な業務においては時に定量的な評価をせずに、定性的な評価で自らに有利な方向に業務を進めることがある一方、お金の話となると定量的な評価に走り始めます。
そして技術者が売上/利益の話で評価を得ようとする場合、十中八九、「低コスト化」、「コスト削減」が基軸となるはずです。しかし、ここで冷静に考えていただきたいことがあります。「低コスト化」、「コスト削減」は重要であることに疑いの余地はありませんが、「これらの取り組みだけでは、企業価値の向上という本質である技術的な新しい取り組みにつながらない」のです。
技術者は様々な役割があります。もちろん、製造現場で物を作り続けるのも大切な仕事です。
この場合は安定して同じものを作り続けることが使命です。しかし、技術者本来の役割というのは、「技術的な新しい取り組みに挑戦し、新規の技術を生み出す」ということです。
技術者は企業においてこの新規技術の創出ということによって、その企業価値を高めることが最重要の貢献なのです。「低コスト化」、「コスト削減」だけでは、企業価値の向上につながらない。俯瞰的視野を有していれば、必ず行きつく視点です。
その一方で、「低コスト化」、「コスト削減」といった取り組みは利益の向上につながるため、
反対意見はまず出ません。よって、マネジメントとしても現場としても、定量指標化がしにくく、わかりにくい新規技術創出による企業価値向上ではなく、「低コスト化」、「コスト削減」が技術者評価の基軸となる、というのが実情かもしれません
技術者の技術力評価は第三者に行ってもらう
では、技術者を正当に評価するにはどうしたらいいのでしょうか。結論から先に言うと、「企業価値向上につながる技術力を評価する」です。ただし、技術力の評価は言うほど簡単ではありません。
特定の技術領域に関する技術力を評価するのであれば30代、40代の社外技術者を活用する
企業価値向上につながるような技術力というと、トレンド技術である情報化技術等のスキルを思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし何か特定の技術的なスキルを評価したところで、それはあっという間に陳腐化してしまうため、評価する側が常にそれにキャッチアップしていく必要があります。
これを技術者を評価するマネジメントが対応するのは難しいのではないでしょうか。もしこのような特定の技術領域での技術スキルを技術力として評価するのであれば、それを生業とする企業の方、できれば30代、または40代の技術スキルと人物評価スキルをバランスよく有する年代の技術者が望ましいです。そして、社内だとしがらみや人間関係という技術力と無関係なスキルが影響を与えるため、社外に評価を依頼することが基本です。
普遍的スキルも大変重要な技術力
もう一つの考えとしては、技術領域の不問の技術者の基礎スキル、いわゆる普遍的スキルを評価するというものです。技術者が有すべき普遍的スキルは、・論理的思考力・文章作成力・技術者のグローバル言語・異業種への興味・企画力、という5要素で構成されるもので、どのような業界に属する技術者であっても必須のスキルです。企業価値を向上させるような技術開発はイノベーションとも呼ばれることがありますが、このような取り組みは土台に上記の普遍的スキルが存在することが前提条件となります。論理的思考力が低ければ技術コミュニケーションが取りにくく議論が発散します。
文章作成力が無ければ要点を抽出して相手に伝えることもできないでしょう。技術者のグローバル言語である数学の基本スキルが無ければ事象や現象の理論づけができません。異業種への興味が無ければ担当技術範囲が狭くなります。企画力が無ければ自らのアイデアをわかりやすく伝え、その実現に向け周りを誘導しながら巻き込むこともできません。
この辺りのスキルも社外人材に評価を依頼するのが一案です。
技術者の評価において、売上/利益といった部分に偏らないことは大変重要です。また、従業員である技術者も目の前のお金というところだけでなく、企業の存在価値はその企業価値で担保されており、その価値向上には技術者の新技術創出に対する挑戦でのみ達成できる、ということを肝に銘じる必要があります。
【著者】

吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
FRP Consultant 株式会社
代表取締役社長
福井大学非常勤講師
FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
https://engineer-development.jp/