いまモーションやPLCの制御領域では、産業用PCに制御用ソフトウェアを載せてコントロールする「制御のソフト化」の波が押し寄せています。
モベンシスは、ソフトウェアベースのモーションコントロール技術である「ソフトモーション」を独自開発し、15年以上前から制御のソフト化に取り組み、半導体製造装置をはじめ多軸の複雑な制御領域で採用を広げています。つい先日も三菱電機との協業を発表し、注目を集めました。
そんなモベンシスのこれからの事業展開と制御のソフト化について、代表取締役社長の佐藤恭祐氏に話を聞きました。
普通のPCをモーションコントローラに進化させるWMX
ーー御社について教えてください
モーションコントロールでは、ハードウェアをベースとした専用モーションボードやユニット、コントローラを開発しているメーカーが数多くあります。それに対し当社は、ソフトウェアをベースとするモーションコントロール技術「ソフトモーション」を開発し、それをモーション制御ソリューション「WMX」として提供しています。どこにでもある普通のPCにインストールすることで、それがモーションコントローラとして機能するようになります。
ーー普通のPCとは一般的に流通しているPCですか?
そうです。いわゆるintel core iのような汎用のCPUを積んでいるWindows PCにWMXをインストールすると、PCがモーションコントローラとなって最大128軸を高速に高精度に制御できるようになります。とは言え、実際には産業用途なので、ほぼすべてのお客様は耐環境性能やロバスト性に優れた産業用PCにインストールして使っています。
20年以上前からソフトウェアベースのモーション技術に取り組む
ーーこれまでハードとソフト共に専用設計だったモーションコントローラを、ソフトウェアの技術を磨いてハードは汎用品でも代用できるようにしたということですね。どういう経緯で始まったのでしょう?
もともとは創業者で取締役会長の梁富好(ヤン ブホ)が、MIT(マサチューセッツ工科大学)で次世代のロボットコントロールを研究するなかで、ロボットコントローラやモーションボードに載っているMPUより、普通のPCのCPUの方が圧倒的に演算処理能力が高いことに着想を得て、PCで動くソフトウェアベースのモーションコントローラを開発しました。
1998年に現在の前身となる法人を米国で立ち上げ、工作機械のNC制御をPCとソフトで実行するソリューションを提供していました。しかし工作機械は顧客ごとのカスタム対応で非常に手間がかかるため、主要事業を汎用のモーションコントロールにシフトし、2006年に日本に拠点を移しました。日本で事業を始めた当時は、ちょうどCPUで高度な演算処理もできるようになってきた時期で、PCで制御をしたい、コントロールしたいというニーズが出てきていました。そこから少しずつ実績を増やし、今はさまざまな領域でPCでの制御が広がってきています。
調達容易でサプライチェーン強靭化&高機能CPUで高速演算
ーー汎用CPU、WindowsPCでモーションコントロールするメリットはどこにあるのですか?
1つ目は、価格と調達の容易性、安定性です。汎用CPUもWindows PCも大量生産で世界中に流通しており、ひとつひとつが安価で、どこからでも入手しやすいという利点があります。
ここ数年、FA業界は半導体不足によって調達困難、納期遅れが発生し、設備やライン立ち上げが後ろ倒しになったところが多くあります。汎用CPUとWindows PCは、もともと大量生産で市場に多く出回っていて、納期問題の影響を最小限に抑えることができます。もし次に同様の事態が起きた際も調達しやすいというのは大きなメリットになります。
ーー確かに納期問題ではたくさんの実害が出ました。そのリスクを低減できるのは良いですね。
2つ目は、汎用CPUの性能の高さです。
CPUの性能が低かった昔と異なり、現在のCPUは性能が急激に上がって高度な演算制御ができるようになっています。モーションボードに使われている専用チップをはるかに凌駕するスペックを持ち、可用性も高く、制御にも安心して使うことができます。
半導体・バッテリ製造装置など多軸の複雑制御が得意
ーーユーザーはどういった業界、用途が多いのですか?
高速・高精度の多軸制御を必要とする生産設備、生産ラインで使われることが多く、半導体やFPD、ロボット、バッテリ・二次電池、ICTデバイスなどで採用されています。特に半導体製造工程では、前工程の洗浄やフォトレジスト塗布、現像、エッチング、CVD装置に搭載され、後工程ではほぼすべての工程の制御に使われています。
制御する軸数が少なく、精度もそこまで求められない用途の場合はモーションボード等の方が安価で使いやすく、WMXはもっと複雑な制御を多軸で緻密にやりたいという用途に適しています。
ソフトモーション、ソフトPLCなど関心高まる制御のソフト化
ーー最近は制御のソフト化に対する関心が高まっています。これをどう見ていますか?
モーションでもPLCでもソフトウェア制御への関心が強くなっているのは、2つの理由があると思っています。一つは、半導体不足に関わるハードウェアの納期不安。もう一つは、これまで高度な制御プログラムを作ってきたスペシャリストの高齢化による世代交代と、それによる人手不足です。
以前からラダー言語を扱える人々が減ってきているという話はありましたが、それが年々深刻化してきています。そこに今回の納期不安が重なったことで、その代替案、解決策としてPCを使った制御、ソフトウェアコントローラ、ソフトPLCでの制御に注目が集まっているのだと思います。
ーー特にPLCの制御に関しては皆が注目しています
もちろん当社もソフトPLCのトレンドを注視しています。WMXをPLC制御に使いたいという声は多く、実際に一部のお客様では実行しているケースもあります。ただ、WMXの最新バージョンのWMX3はモーションコントロールに特化していて、PLCとして足りない機能は、現在開発を強化しています。
モーションコントロールの土台固め 機能開発で用途拡大
–では御社の次のステップは?
当社の戦略は、まずはこれまで同様、モーションコントロールの領域で、モーションボードをWMXに置き換えていくことを中心に進めていきます。
WMXはロボットのコントロールもできるのでロボット向けの提案も強化していきます。ロボットを組み込んだ製造装置は、通常はロボットコントローラとモーションコントローラが必要ですが、WMXならまとめて制御でき、省スペース化、省電力化になります。
またAGV/AMRを内製化したい企業が増えており、そこに向けて提案を進めていきます。2023年3月にアメリカのAMRスタートアップ企業を買収し、彼らの保有するナビゲーションシステムと、当社のソフトモーション技術をセットにした提案もスタートし、すでに大手工作機械メーカーには採用されていて、さらに拡大を目指します。
ーーソフトPLCに関しては?
中長期的に考えると、モーションコントロール以外にもWMXの適用アプリケーションの領域を広げていくことは必要だと考えています。まさにソフトPLCはターゲットではありますが、前述の通り、WMXを PLCとして使うには足りない部分やハードルが沢山あります。
例えばプログラミング言語ひとつとっても、PLCのラダー言語とWMXでは異なるため、そこを解決しなければ普及は難しいでしょう。そのため現在ノーコードでプログラムが組めるような開発環境を構築しており、完成すればモーションコントローラとしてもっと使いやすく、さらにPLCとしての利用も広がっていくと思います。こうした機能開発を地道に進めていきます。
三菱電機のサーボ事業と協業 オープンなパートナー協業は継続
ーーモーションのビジネスの土台を固めつつ、将来を見越して開発を進めていくということですね。モーションでは三菱電機と協業が大きなニュースになりました。
当社のソフトモーション技術と三菱電機のサーボモーターで、お互いの得意領域を持ち寄ってシナジーを発揮することを目指しています。
ただ、今回の協業によって、これまでの様々なパートナー企業様とのプロジェクトや今後の新しい共同開発などについて影響をうけることはなく、今まで通りオープンなスタンスで多くの企業と協力していきます。
今の制御を支えている人々へのサポートを強化
ーーモーション、PLCも含めて制御のソフト化は着実に進んでいます。一方で、今のラダー制御はどうなるんだ?という話もあります。
どんな分野でも、はじめは専用機オンリーだったものが徐々に汎用機が普及し、最終的には棲み分けています。制御におけるモーションコントローラやPLCとPCの関係も同様だと思います。
今後さらにソフトモーションを拡大するためには、現在の制御を担っている人々が持っている制御のソフト化への心理的ハードルを下げることが大切です。前述のノーコードの開発環境の構築もその一環です。
また、例えばWMXをお客様に提案する際、「Windowsは不安定だから制御には使いたくない」とよく言われます。しかしWMXはWindowsとは別のリアルタイルOSで動いていて、仮にWindowsがフリーズしても制御には全く影響を及ぼさないように設計してあります。こうした説明を地道に行いつつ、それでも心配なお客様のためには現在、Linux版のWMXも開発しています。
結局のところ、当社がやらなければいけないことは、優れた製品を開発して市場に出し、購入後はお客様が使いこなせるように手厚くサポートしていくこと。それに尽きます。そのための体制強化も進めています。
ーー今後について
三菱電機との協業は、ある種、当社がやってきたこと、考えてきたことが、FA業界のトップメーカーに認められた証。今後も引き続き、経営理念の「絶え間なき技術革新により、社会の変革に貢献する」にある通り、オープンにパートナー企業と協業して技術革新を進めていきます。
また10月にオフィスを西新宿へ移転を計画しており、新オフィスにはお客様にじっくりと見てもらえるようショールームも設ける予定です。ぜひ楽しみにしていてください。
略歴
モベンシス株式会社 代表取締役社長 佐藤 恭祐 氏
立教大学理学部物理学科卒業。マギル大学国際経営学修士課程(MBA)修了。2003年よりハイデンハイン株式会社にて、半導体製造装置及び工作機械向けの精密位置決め用測定機器及びモーションコントロールシステムの営業及びマーケティングのマネージャを歴任。2015年よりコグネックス株式会社で、アジア・パシフィック地域統括マーケティングマネージャとしてディープラーニングベースのマシンビジョンのアジア地域での事業戦略に関わった後、シュンク・ジャパン株式会社にて営業統括マネージャを経て、2022年8月より社長に就任。その後、2023年3月モベンシス株式会社 代表取締役社長に就任。